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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

「アトムの子どもたち」

大阪大学大学院工学研究科教授 浅田 稔

鉄腕アトム、ガンダム、R2-D2、C-3PO……。
遠い未来の夢物語と思われていたロボットの時代が、次第に現実味を帯びてきている。
ロボットがいる未来は、どんな社会になっているのか。
ロボット研究の最先端を覗いた。

歓声こだまするスタジアム

2050年、サッカーの世界チャンピオンチームと戦って勝利できる自律型ロボットのチームを作る。壮大なテーマに向かって、いま世界中のロボット研究者が知恵を出し合っている。
「ロボカップ」は、ロボット版のワールドカップともいうべき大会。1997年にスタートし、年1回、世界各地で行われている。舞台の主役は世界の第一線で活躍するロボット研究者と、その手から生み出されたロボットたちだ。年々参加国が増え、今年のオーストリア大会には、40の国と地域から約400チーム2300人あまりが集まった。
連日、熱戦が繰り広げられ、トーナメントが進むほどに、観客の声援も熱を帯びる。国によっては、大会前に壮行会が行われたり、優勝して帰国したら祝賀会まで用意されていたというほどで、サッカーというスポーツの影響力の大きさを物語っている。
「シミュレーションリーグ」と呼ばれる、実体を持たずディスプレイ内のフィールドを駆け回る人工知能の“選手”や、小形の箱型ロボット選手の動きは極めて機敏だ。実在の選手を凌駕するスピードや類まれなパスセンスにギャラリーからも感嘆の声があがる。

コンピュータの中に垣間見た知性

だが、未来のリオルネ・メッシ(FCバルセロナ)やクリスティアーノ・ロナウド(レアル・マドリード)と戦うはずのヒューマノイドロボット選手たちの動きは、現時点ではなんともおぼつかない。ボールまでよろよろと歩いていき、ようやく蹴ったボールも、目の覚めるようなシュートとは程遠い。
それでも40年後の大一番での勝利を、多くのロボット研究者は信じて疑わない。
「むしろもっと早く達成できると考えている研究者もいます」と言うのは、ロボカップの仕掛け人の一人で、大阪大学大学院工学研究科の浅田稔教授だ。
根拠がないわけではない。1997年、IBMが開発したスーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」がチェスの世界チャンピオンとの勝負で勝利したというニュースは、まだ記憶に新しい。半世紀前、コンピュータが誕生したとき、ただ計算が得意なだけの「機械」が、チェスという非常にロジカルかつアーティスティックなゲームをプレーできるようになるとは、だれも予想もしていなかった。だが、ディープ・ブルーは、一瞬にして2億手以上の選択肢を把握し、そのなかから最善の一手を選んで指すことができた。対戦相手のチェスチャンピオンは、勝負の途中で、ディープ・ブルーに知性があるのではないかと目を疑ったとさえ語っている。
あと40年で、コンピュータの処理能力は100万倍、1000万倍にも向上すると予測されている。そうなれば、次の次のプレーを読んで、最善のパスコースにボールを送るといったサッカー戦術では、人間の頭脳を超えていてもなんの不思議もない。
「まだよちよち歩きかもしれませんが、ロボカップの開始から12年で、画像の処理能力や状況を分析する能力は格段に向上しています。開発者たちの意欲には驚かされるばかりです」(浅田教授)

本質を見極める研究

もちろん課題は多い。90分間走り続けるエネルギーをどう確保するか。ぶつかっても人間を傷つけない柔らかさ、逆に激しくぶつかられても壊れない頑強性など、主に身体に関する部分では、新たな技術開発を待たなければならない。
しかし、最大の問題はやはり「脳」だ。
「ボールをボールと認知するためには、単に目(カメラ)の性能が良ければいいというものではありません。丸い外見以外に、『蹴飛ばせば、柔らかいショックとともに遠くへ飛んでいくもの』『顔面に当たれば痛いもの』といった身体感覚や記憶と密接に結びついています。何も知らない生まれたばかりのロボットが、ボールというものを知り、常にそれをボールと認識できるようにするにはどうしたらよいか。それには、人間がどうやって認知という処理を行っているのか、その本質を見極めて、再現できる仕組みを作らなければならないのです」(浅田教授)
機械とロボットの間に線を一本引くとすれば、それは、やはりプログラムに従ってそのとおり動くものか、それとも置かれた状況を自分自身で判断して次の行動を選択する自律機能を備えているかということになるだろう。
この自律機能を突き詰めていけば、「自分自身でこの世界の事物を学習し、周囲と協調して活動する方法を学び、状況に応じていくつかの選択肢から最適の方法を選びとる」という我々人間が生まれたときから続けてきた学習と行動のパターンを再現することになる。学習とは何か、記憶とは何か、歩くとは何か、その一つひとつの本質を「作ること」で解明しようとするのが、ロボット研究なのだ。

相手選手のロボットをかわし、シュートを狙うヒューマノイドロボット。(ロボカップ・ジャパンオープン2007より)

新たな種としてのロボット

ここで大きな疑問が生じる。もし将来、本当にこれら人間の行動の本質がすべて解明され、それを再現する能力を備え、外見も我々人間と変わらないヒューマノイドロボットが誕生したら、我々はその個体を「機械製」と識別できるだろうか。
「ロボットは、霊長類と人間の間に誕生する新たな種になるかもしれません」と浅田教授は予言する。
「もちろん、私たちと共生する新たな種の誕生を、人類にいきなり受け入れろと言われても難しいでしょう。これからの40年、ロボットに対する理解認知を深め、人間が求めるパートナーとしてのロボット像を具体化して、だれからもロボットが受け入れられるような環境を作ることは、我々研究者にとってはもちろん、社会にとっても大きな課題です」(浅田教授)
故手塚治虫氏は「鉄腕アトム」で、人間に害を及ぼす悪に圧倒的なパワーで立ち向かい、かつ自分が人間でないことに大いに悩み、涙を流すロボットの姿を描いた。遠くない将来、そのとおりのロボットが誕生するかもしれないし、まったく別の「生き方」をするロボットが生まれる可能性もある。
ロボットとどう付き合っていくか、我々一人ひとりが、アトムの続編を考えるべき時が来ているのかもしれない。

柔らかい皮膚、関節を持ち、目、耳、触覚センサーを持つ浅田研究室のロボットCB2。「抱きかかえながら起こす」「手足を直接動かして教える」など、人間が子どもとコミュニケーションをとるときの身体的な行動を研究し、コミュニケーションの本質を探っている。

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大阪大学大学院工学研究科教授

浅田 稔(あさだ みのる )

独立行政法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(ERATO型)
浅田共創知能システムプロジェクト 研究総括

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。