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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

「アジア水圏沿岸域における環境モニタリングと管理」の取り組み

水を守りたい

国連大学

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世界遺産のハロン湾

急速な経済成長を続けるアジア諸国。
その副作用ともいうべき環境汚染の進行を食い止めるために、国連大学は、研究活動の強化や
教育の支援を行っている。
プロジェクトはスタートから13年目を迎え着実に成果を見せ始めている。

龍がつくった宝石の海で

穏やかな波間に大小3000の奇岩、島々が浮かぶ美しい内海―。
ベトナム北部のハロン湾の独特の光景は、龍が吐き出した宝石でできたといわれる。太陽の角度で海の色、島影は微妙に変化し、趣のある雰囲気を醸し出す。ユネスコの世界遺産にも指定されている景勝だ。
そのハロン湾で、2007年、魚の体内に残る有機汚染物質(POPs)に関する調査が行われた。湾に生息するタイ、チヌなどを捕獲し、内臓に含まれるPOPsをガスクロマトグラフ質量分析計で計測。調査にあたったのはベトナムハノイ科学大学、ノンラム大学などに所属する研究員だ。
調査の結果、魚の体内からは、ダイオキシン、DDT、ポリ塩化ビフェニル(PCB)などの残留性有機汚染物質が検出された。ハロン湾に面するハイフォン市は古くから港町として栄え、生活活動が活発な地域。また、北部の大都市ハノイの生活排水や、その食料を担う河川流域の田園地帯で使用された農薬などが河川を経由して最終的に行き着く場所で、汚染が進んでいることが予想されていた。この美しいハロン湾を守りたい。そこで重要なのが環境モニタリングだ。

   
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環境モニタリングプロジェクトは5期目を迎えた。次の3年の目標は、残留性有機汚染物質のなかでも測定が難しいPCBを含む残留有機物質の分析法を開発し、継続してモニタリングを行うこと。そしてさらなるネットワークの強化だ。環境を見つめる研究者たちの情熱が、世界の海を1つにつなげようとしている。

アジア11カ国の環境分析ネットワーク

この調査は、国連大学が主導する「アジア水圏沿岸域における環境モニタリングと管理」プロジェクトの一環として行われたものだ。同プロジェクトは、1996年にスタート。急速に発展する東アジア諸国に分析技術を技術移転し、環境分析のネットワークを確立、環境ガバナンスに貢献しようという目的のもとに始まった。当初、中国、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、シンガポール、台湾、タイ、ベトナムが参加。99年にはフィリピンが、2005年にはインドとパキスタンもメンバーとして加わり、11カ国の技術者、科学者が参加して進められている(台湾は99年より不参加)。分析計測機器メーカーである島津製作所は、スタート時からこのプロジェクトを支援してきた。
アジア各国は地理的には隔たりがあるものの、水と空気を通して一つにつながっているといっても過言ではない。一国で深刻な環境汚染が発生すれば、それは海流に乗って周辺国に広がる。また有機汚染物質を体内に蓄えた魚などを食した回遊魚が多くの国の食卓にのぼることになる。環境保全は、決して一国の取り組みだけでは成立しえない。国連の総会傘下の独立機関である国連大学が力を入れるのには、こうした背景もある。

自らの手に分析技術を

同プロジェクトの最大のポイントは、分析技術を「技術移転」するところにある。環境のモニタリングをするだけであれば、専門の分析官を派遣して、当地の水や土を分析するだけでよいだろう。だが、環境保全を実効性のあるものにするためには、各国において、それぞれ環境関連の法体系が整備されて、行政による指導が伴わなければいけない。外部の機関から勧告はできたとしても、法を押し付けるわけにはいかないのだ。実質的な環境保護に結びつけるためには、各国が自らの手で行い、継続して分析することが必要で、それにより環境保護への気付きが生まれ、各国、各地域で監視体制の構築とデータの共有へと結びつくのだ。
まずは、自らの手で分析できることが重要なのである。

高まる活動への評価

だが、有機汚染物質を正確に分析し、信頼できるデータを取ることは、慣れない人にとってそう簡単にできるものではない。分析に用いられるガスクロマトグラフ質量分析計の操作はもちろんだが、その装置で計測するために、試料となる魚の組織から分析の妨げとなる物質を取り除くなど、複雑な前処理を行う必要がある。前処理はテクニックと経験が必要で、その出来次第で数値に10倍以上の開きが出ることもある。
島津製作所は同プロジェクトの支援企業として、分析装置の貸与に留まらず、各国の技術者に対して分析技術のトレーニングなども行っている。これまで多くの技術者を日本に招き、正確な測定を行う上で欠かせない前処理の手順と有機汚染物質の分析方法を指導し、場合によっては現地に赴き、測定の過程をサポートしてきた。こうした取り組みの結果、ハロン湾で行われたのと同じようなモニタリングが参加11カ国で繰り返し行われ、信頼のおけるデータもそろってきた。そして、参加した各国の機関の中からは、国家的な専門機関としても認められ、国の代表として残留性有機汚染物質に関する条約(ストックホルム条約)により義務づけられた地域ミーティングに参加する人たちも現れてきている。活動が信頼を得てきている証しといえるだろう。加えて、たびたびのシンポジウムにより各国の環境活動に従事する人たちのネットワークが構築されつつあることは、なによりの成果だ。

さらなるステップへ

2009年、一期3年の同プロジェクトは5期目を迎えた。次の3年の目標は、残留性有機汚染物質の中でも測定が難しいPCBを含む残留有機物質の分析法を開発し、継続してモニタリングを行うこと。そして各国間のさらなるネットワークの強化だ。
環境を見つめる研究者たちの情熱が、世界の海をひとつにつなげようとしている。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。