バックナンバーBacknumber

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

プランクトンをめぐる冒険

南極で島津高速液体クロマトグラフが活躍

01

南極のポーランド基地に納入される島津の分析装置 (撮影:Artur Dzieniszewski氏)

厳しい寒さと氷で人を拒み続けてきた南極。
そこではいま、多くの科学者が気象観測や南極の生物の分析に取り組んでいる。
彼らのパートナーとして、島津の高速液体クロマトグラフも活躍している。

南の果てで待っていたものは

南の海の果てには巨大な大陸がある―。
古代ギリシヤで信じられていた南方大陸の伝説だ。当時知られていた大陸は北半球に偏っており、安定が悪いように見えた。そこで南半球に、北半球の大陸と釣合がとれるだけの巨大な陸地があると考えたのだ。
この伝説は、大航海時代の多くの探検家を南の海に向かわせた。そして19世紀になって、そのうちの一人が、南の果ての大陸にたどりついた。想像していたほどの巨大大陸ではなかったが、たしかに大陸はあった。氷に閉ざされた大陸・南極である。
幾多の犠牲が払われた果てに、ノルウェーのアムンゼン隊が南極点に到達したのは1911年。それからほどなくして南極は科学観測の時代を迎え、地球科学の貴重なデータが収集されている。
現在、南極に観測基地を設けている国は30カ国を超え、研究従事者は4000人を数える。1977年に開設されたポーランドの南極基地「H・アルツトウスキー基地」も、こうした研究拠点の一つだ。多くの科学装置が使われ、島津の超高速液体クロマトグラフProminence UFLCなども活躍している。
現在、国際的な極域の科学計画「国際極年2007-2008」が進められている。実際には2009年3月までの間、諸国が協力して観測体制を構築し、多分野同時計測を通じて、極地の環境状態を把握、さらに将来の予測能力を向上させようというものだ。
数百ある国際極年のプロジェクトのなかで、注目されているポーランド基地の2つのプロジェクトがある。島津の装置もその研究に活用されている。
プロジェクトの一つは、南洋のバイオマス(生物量)の状態に関する理解を深めることを目的としている。南洋全体の天然生物資源が、どれくらいの量があって、どういう変化をたどっているのかはまだ謎が多い。ほ乳類や鳥類、魚類など、海の生物はさまざまだが、その食物連鎖の底辺にいるのは植物プランクトンだ。高速液体クロマトグラフは海水のサンプルに含まれる約50の植物色素を分離し決定することができる。植物プランクトンとその派生物の分類がわかれば動物性プランクトンの捕食行動を類推することができ、さらにその上位に位置する生物群の活動にも多くの示唆を与えられると期待されている。

   
1

ポーランド基地に据え付けられた島津の高速液体クロマトグラフを使って計測する隊員。

1

以前から高評価を得ていた島津のLC。今回の追加導入で最新の超高速液体クロマトグラフProminenceUFLCなどが選ばれた。

世界最大の水がめが割れる

もう一つのプロジェクトも、基本となるのは、植物プランクトンの分析だが、ゴールはやや異なる。
「西南極半島沿岸部の生態系に対する気候の影響と氷河融解を研究すること」がそのゴールとなる。
同基地は、アルゼンチンと南極の間に飛び石のように連なる群島・南シェトランド諸島最大の島、キングジョージ島にある。その約100キロメートル先には、南極大陸からしっぽのように延びる西南極半島がある。西南極半島の付け根は南緯72度前後で、南シェトランド諸島は南緯62度前後に相当する。
この海域の生物相と海水の成分の分析は、地球の未来を占う上で重要な意義を持つと考えられているのだ。
南極大陸を覆う氷の層は、平均で厚さ2キロ、厚いところでは最大4キロにも及ぶという。氷はもちろん淡水である。南極に氷として蓄えられている淡水は、世界の淡水のほぼ70%とされ、そのことから、南極は「世界最大の水がめ」ともいわれる。
だが、地球温暖化の影響は、もちろん南極にも及んでいる。過去数十万年にわたって蓄積された南極の氷が、溶け出す速度が速まり、2002年には南極の棚氷が3250平方キロメートルという広範囲にわたって崩壊したという報告もある。過去1万年間でも最大規模だ。
海面上昇を引き起こし、数億人が住むところを失う恐れも指摘されているが、それよりもずっと早く影響を受ける生物がいる。南極海に棲む生き物たちだ。
氷が溶け出せば、南極海の塩分濃度は下がる。また、氷のなかに閉じ込められている各種のミネラル、特に鉄分が海水に流入すると、植物プランクトンの生育状況に劇的なまでの影響を及ぼすとされている。
食物連鎖の底辺にいる植物プランクトンの種類、生息数の変化は、それを捕食する動物プランクトンや魚類、さらにそれを捕食する大型魚類やクジラ、ペンギンなど、南極圏の生態系に多大な影響を及ぼす。また、植物プランクトンが大量に増殖して一斉に光合成すれば、大気中の二酸化炭素量が減少する可能性もある。だが逆に鉄分の急激な増加は海洋動物にとっては有害に作用するという指摘もある。

国際協力でモニタリング

もちろん、世界の海はつながっており、南極の海に変化が起きれば、回り回って世界の海洋資源にも影響が及ぶことは想像に難くない。
西南極半島地域の温度は、この50年間で2・5度上昇している。広範囲にわたって氷河の後退が見られ、いまも続いている。温暖化の影響はすでに南極海の生物を直撃しているのだ。
この調査には、ポーランド基地だけでは限界がある。幸い、西南極半島から南シェトランド諸島には多数の基地が連なっていることもあり、国際協力によるデータ収集が提案されている。
複数年、緯度が少しずつ違う地点で観測し、分析するのはもちろん初めてのことで、立体的なデータ収集によって、将来予測の精度を上げることができるだろうと期待されている。
かつて探検家たちが心を躍らせた南の大陸で、いま科学者たちが地球の未来をかけた知の冒険を続けている。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。