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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

Special Edition “浪漫”

いつか、会えるかもしれない。

宇宙からのささやきに耳を傾ける17万人の“科学者”たち

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パイオニア10号、11号に搭載された金属板。人間や太陽系のほか、宇宙でもっとも多く存在する原子である水素原子の超微細遷移も描かれている。1980年代に2つの探査機は太陽系を脱出した。

広い宇宙のどこかには、きっと人間以外に文明を持った生物がいる―――。
有史以来、人類をとらえて離さない夢物語に、分散コンピューティングの手法を使って光を当てようとする試みが進められている。
主役はインターネットでつながった世界中の人々。
今日も、お茶の間で、寝室で、“科学者”たちの探求が続いている。

最後にして最大の未知

カリブ海に浮かぶプエルトリコにある「アレシボ電波天文台」は、世界最大の電波望遠鏡だ。天然の地形を利用した直径305mの球面上の反射板で宇宙から降り注ぐ電波を集め、上空150mにつりさげられている受信機で、信号を読み取る。その圧倒的なスケールは、訪れる世界中の天文ファンをうならせている。水星の自転周期を確定させたことや、宇宙に中性子星が存在する証拠を発見するなど、天文学分野で多くの貢献をなしとげてきた。
この巨大なすり鉢は、地球外知的生命探査(Search for Extra-Terrestrial Intelligence = SETI)とも関わりが深い。受信する宇宙からの信号に、自然には発生しえないタイミングや周波数が混じっていないかを解析するというものだ。
地球外知的生命というと、サイエンス・フィクションと片付けられがちだ。だが、実は多くの科学者が真剣に研究を続けている。
広い宇宙において、地球人類の文明は、非常に例外的な存在なのか、それとも必然として発生したものなのか―――。地球外知的生命の探求は、おそらくは有史以来人類が抱えてきた命題の一つだ。
同じような根源的な命題の多くは、科学が発展する歴史のなかで、その解を見いだしてきた。人類は他のあらゆる生物と一線を画する「霊長」なのか。「心」はどこにあるのか。この世のもっとも小さな構成因子はなにか、など。
だが、こと地球外生命に関しては、いまだに有効な証拠がいっさい見つけられておらず、議論すること自体、SFの域を出ることができないでいる。現代において、最後のそして最大の未知の領域といえるだろう。

   
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SETI@home
アレシボ電波天文台が受信した信号を世界中のコンピュータで分散解析し、人工的な信号が含まれていないかを調査するプロジェクト。カリフォルニア大学のスペースサイエンスラボラトリで考案され、現在32万台のコンピュータによって解析が続けられている。主な成果として、2003年2月までにうお座とおうし座の間の方角より周波数1420MHzの信号が3回受信され、現在は消えている、という観測結果を確認している。

どうすればコミュニケーションがとれるか

たしかに証拠はない。だが、その可能性がないと言い切ることはだれにもできない。銀河系だけでも1000~4000億個の恒星があり、宇宙にはこうした銀河が1000億以上ある。さらにその10倍の数の惑星があるとすると、1000垓(垓は京の1万倍)の惑星があることになる。加えて、宇宙の誕生から167億年という気の遠くなるような時間のなかで人類が誕生してわずか100万年にも満たないことを考え合わせれば、そのどこかで文明を持ち得た生命体が存在したと考えたほうが、むしろ自然だ。
もっとも有名なSETIプロジェクトは、1972年、73年に打ち上げられた宇宙探査機パイオニア10号、11号によるものだろう。同探査機には、人類からのメッセージを絵で記した金属板(写真)が取り付けられている。人間の男女の姿、太陽系と地球の位置を示すイラストなどが描かれ、「ボトルメッセージ」として地球外知的生命に発見されることを期待され、現在も星間宇宙を漂い続けている。
こうした探査方法は、アクティブ(能動的な)SETIと呼ばれる。これに対して、アレシボ天文台のような電波望遠鏡による観測は、受動的なSETIで、異星からメッセージが発せられていたときのみ、証拠の発見につながる可能性がある。
ジョディ=フォスターが主演した米映画「コンタクト」(97年)では、地球外知的生命からの信号を受信することに情熱を傾ける科学者の姿が描かれ、アレシボ天文台も、その舞台として登場した。
この映画は、大ヒットとなり、それに触発されて、静かに広まったムーブメントが「SETI@home」だ。アレシボ電波天文台が受信した電波を解析するには、大変な負荷がかかる。だが、スーパーコンピュータを割り当てるほど、地球外知的生命探査に予算を注げる余裕はどの国にもない。そこで、実験的に世界中のコンピュータで分散解析する方法が模索され、家庭のコンピュータの余力をつかって分散解析する方法が考えられた。

壮大な科学プロジェクトに参加する興奮

だれでもソフトウェアをダウンロードするだけで、プロジェクトに参加でき、その日から、宇宙からのささやきに耳を傾けることができる。99年に運用が開始され、現在、世界中で17万人のアクティブなボランティアが参加しており、32万台のコンピュータがインターネットでつながっている。その結果、398兆回の計算が可能という驚異的な解析装置が実現。これは神奈川県にある地球シミュレータの実に10倍以上の性能だ。分散コンピューティングへの参加という試みにおいても、先駆的な事例なのだ。
岡山市の印刷会社経営、藤原守さんは、プロジェクトに当初から参加してきた。会社で使っているパソコン6台は、夜になるとほとんど使っていない。そこで、その余力を使って解析に参加したという。
「ネットで話題になっていたので、自分もやってみたいと思った。地球外知的生命は、いてくれたら面白いと思うけど、いなければそれはそれでかまわない。それよりも科学者たちが集まって行なっている活動に自分も参加できるという事実に興奮した」と語る。
地球外生命を探す果てしなく長い旅。その一端に加わるという浪漫を、味わってみてはいかがだろう。
アレシボ天文台は、2011年の閉鎖が予定されている。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。