バックナンバーBacknumber

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

小動物用PETが照らし出す生命探求と創薬の未来

浜松ホトニクス(株)中央研究所PETセンター

実験小動物用PETの重要性が高まっている。ゲノムやタンパク質の構造、仕組みが明らかになるにつれ、創薬への応用が進み、ラットやマウスで有効性を確認しようとする動きが活発化しているのだ。昨年島津は国内唯一の臨床用PETメーカーとして、その技術をもとにマウスやラットなどの実験小動物用PETを開発。サルなどの動物を用いた生体機能研究で世界でも有数の実績を誇る浜松ホトニクス(株)中央研究所PETセンターにおいて、評価していただいている。

巨人相手にクリーンヒット

「カロリンスカ研究所の発表は間違いである」 2001年、ある日本人の論文が世界に衝撃を与えた。カロリンスカ研究所はスウェーデンにある世界最大の医学系の研究教育機関。ノーベル生理学・医学賞の選考を行っていることでも知られる。同研究所は、重要な脳内の神経伝達物質であるドーパミンが神経細胞に再吸収される様子をPET(※注1)で計測する際に適した物質(リガンド)を見つけたと発表。さすがカロリンスカと世界をうならせた。
だが、その発表に首をかしげた日本人がいた。浜松ホトニクス中央研究所PETセンターの塚田秀夫センター長だ。「直感的に違うんじゃないかと思ったんです。彼らは、麻酔をして眠らせたサルを使っているという。麻酔をするということは、脳内の状態を大きく変化させているわけで、よい結果が出たとしても、それは麻酔薬のせいだったかもしれないと考えたんです」
そこで同センターが所有する特殊なPET装置を用い、無麻酔の状態で同じリガンドをサルに用いてみた。結果は、カロリンスカ研究所の発表とはまったく異なるもので、覚醒時の脳のモニターにはとても使えないことが明らかになった。
論文にまとめて発表したところ、世界中から大反響が寄せられ、カロリンスカ研究所からも「浜松ホトニクスの研究に敬意を払う」と結果を真摯に受け止めるメッセージを受け取った。
「PETは最終的に人で使ってなんぼの装置。当然人間では無麻酔で使いますから、無麻酔で実験するべきです。私たちの研究所で扱うのは動物だけですが、サルを使った実験は人間に応用する一歩手前で有効性を確かめるための極めて重要なステップ。それが世界に認められたことに大きな意義があるんです」(塚田センター長)

覚醒した状態で計測

浜松ホトニクスは、ニュートリノの観測施設スーパーカミオカンデの主要部品である光電子増倍管を開発したことでも知られる。光の分野では卓越した技術力を持ち、80年代からPETに用いる各種装置を開発し、メーカーに部品供給している。さらに、92年には自社で装置の評価と生体機能、特に脳機能の研究が行える体制を構築するため、PETセンターを設立した。
センターの最大の特徴は、前述のように覚醒下でのサルの脳機能を計測できるシステムだ。装置が特殊であることに加え、実験用に独特なスキルが必要なため、これができる施設は世界を見渡しても数えるほどしかない。身体の機能が回復する際に、脳のどの部分が活性化されるか、また麻薬や麻酔薬が脳にどのような影響を与えるかなど、極めて有用な研究成果がここから生まれている。

小動物用PET導入で創薬支援の拠点に

さらに同センターは、2007年4月に島津製作所の実験小動物用PET装置Clairvivo(クレビボ)PETを設置し、マウス、ラットを使った研究にも乗り出した。
この装置は、奥行き視野が15センチあり、ラットの全身を一度に計測することができる。従来であれば、ラットの体内を薬がどのように広がっていくかを計測するには、計測中にラットの位置を動かす必要があったが、この装置であれば大幅に検査のスループットをあげることが可能だ。解像度も極めて高く、ラットの脳の働きをも1ミリ単位でトレースできる。
動物の体内で、薬が標的としている臓器に正しく到達しているか、また副作用を及ぼしていないかなどの分子の動きを、目で見て確認できる設備は貴重で、製薬会社などから受託計測の依頼が引きも切らない。
同研究所には、学会関係者、病院関係者、メーカーの担当者など世界中からさまざまな人がやってくる。
「ここはいわゆるサロンです。研究者の頭にアイデアが浮かんでも、なかなかそこから先に進めなかったりするのですが、意見交換やお互いの技術を持ち寄ることで糸口が見えてくることもあります。そこに私たちが加わることができたら、こんなにすばらしいことはありません」(塚田センター長)

実験小動物用PET装置 Clairvivo PET

※注1 PET(ポジトロン・エミッション・トモグラフィ)

PETは、近年がんの早期発見に効果的であるとして、臨床検査に用いられることが増えてきた装置。がんが好むブドウ糖などの一部を放射性核種に置き換えて体内に注射すると、がんに集まってγ線を放つ。それを外から観察すると全身の微小ながんをも発見できるとして期待が集まっている。ブドウ糖の代わりに違う物質を使えば、体内の様々な細胞の活動を外から観察することができる。

浜松ホトニクス株式会社中央研究所 PETセンター センター長 薬学博士

塚田 秀夫(つかだ ひでお)

1987年、静岡薬科大学大学院 薬学専攻課程修了 薬学博士号取得。 1987年、浜松ホトニクス株式会社入社。2004年、同 中央研究所PETセンター長に就任。放射線医学総合研究所分子イメージングセンター客員研究員、静岡県立大学薬学部客員教授、浜松医科大学 客員教授、理化学研究所分子イメージング研究プログラム客員研究員を併任。Human Frontier Science Program 1994研究グラントを共同受賞。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。