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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

においの発生と広がるメカニズムを研究

「におい」を見る

大同工業大学工学部建築学科 光田 恵 准教授

今年リニューアルした光田研究室の実験室。キッチンなどの部屋を再現し、実際に調理をするなどして部屋にどのようににおいが広がっていくか、その質と強度を計測する。

建物のなかで、においがどう発生し、どう広がっていくのか—。
そんなにおいの特徴を建築設計に活かせないかという研究が進んでいる。

1億総無臭時代

日本の消臭・脱臭・除菌市場は1000億とも2000億円ともいわれる。年率30%以上で伸びているという報告もあり、いまや『1億総無臭時代』といってもいい。「無臭空間を好む近頃の傾向は、自分がどう思われているかというのを強く意識している結果ではないでしょうか」
というのは、大同工業大学の光田恵准教授。におい研究の第一人者で、においの測定方法、不快なにおいをシャットアウトする方法など、生活環境のにおい全般について研究を続けている。
太古の時代、我々の祖先にとって、嗅覚は危険から身を守ったり、食物を探したりするうえで、非常に重要な感覚だった。しかし、安全が保証された空間で長く過ごしているうちに、次第に退化して鈍感になっていた。
だが、一方で高度に社会化することで、「自分が人にどう思われているか」ということに非常に敏感になった。
「お客さんが訪れてきた時に、不快なにおいがする家と思われたくない」という意識が、家庭用消臭剤、脱臭剤などのヒットにつながっている、と光田准教授は見る。

主観で異なるにおいの快・不快

「でも、まったく無臭がいいのかというと、それは違うと思うんです。においは文化や個性と密接に結びついていて、たとえば家のにおいであれば、その家の特徴を表していると思います。残したいにおいというものがあってもいいんじゃないかと思うんです」
もちろん生ゴミのにおいがすれば、ほとんどの人は不快に感じるに違いないが、ご飯の炊けるにおいを不快と感じる人は、日本人なら少ないだろう。
こうしたにおいの質の違いの判定は、通常人の鼻を使って行われる。その環境に順応していない人が屋外から入ってきて、2割の人が受け入れられなければその部屋の空気清浄度は限界である、という定義が国際的になされている。
だが「においの感覚は、主観に大きく左右される」と光田准教授はいう。嗅覚は五感の中でも一番不思議な感覚で、におう・におわないの判定だけでは共通の基準とはならない。良い経験とともに記憶されているにおいは、良いにおいとして感じられ、良くない経験をした時のにおいは、悪いにおいと感じられるというわけだ。
たとえばペットのにおいは、その動物が好きな人なら気になることはないが、過去に犬に追いかけられたのが苦い経験として残っている人にとっては、いやなにおいとして感じられるものになってしまう。

においの質を客観的に評価する装置

「人による判定の場合、どういう目的の評価のために集められた人かによって基準が左右される可能性がありますし、体調によっても変化しますから、そういう人が混じると、一般的な評価からそれてしまうケースがあるんです。また、鼻はすぐに刺激に順応してしまいますから、継続的なにおいの変化などの計測は苦手です。人が判定する以上、永遠に付いて回る問題点なんです」
そこで人間の主観による評価も重要であると同時に、誰もが共通認識できる客観的な評価が必要になってくる。
こうした場面で今注目されているのが、島津の「におい識別装置FF-2A」だ。10個のセンサと、9種の基準ガスを用い、アンモニア系、硫黄系、アルデヒド系、芳香族系など9種類のにおいの質に分類して、サンプルガスのにおいの質と強度を、9軸のレーダーチャートで表現。その他、ユーザーが新たに設定した基準のにおいとの近さ度合いでも表現ができる。しかも、長時間の連続計測評価も可能だ。
「においの質を客観的に判断できる装置の存在は、非常に心強いですね。においの評価はいろいろな業種・業界で行われています。そういった面からも、におい識別装置が活用される場面はますます増えてくるでしょう」

光田研究室に並ぶ島津の装置群。におい識別装置FF-2A(上段)をはじめ、GC-2014(下段)だけでなく、古い装置もメンテナンスされ、大切に使われている。

においを考慮した換気計画を

「光田准教授と「におい」の出会いは大学2年のにおい判定のアルバイトだ。現在の所属は建築学科。住まいや医療・介護施設などで、不快なにおいがどのように発生し、空間を漂うかのデータを集め、それを建物の換気計画に役立てるといった研究を行っている。
家庭の調理臭も研究テーマのひとつだ。近年のマンションなどでは、キッチン、台所、リビングが一体にして、広い空間を提供する形が増えてきている。台所を住まいの中心に配置するタイプの家も家族のだんらんを促すとして好評だ。だが、それにともなって調理のにおいがいつまでも広い空間に残りやすくなっていることが新たな問題として浮上してきている。
「これまでは家の設計に、においを意識した換気計画はなされてこなかったんです。調理することで、においがどう広がるか、どこから排出してやるのが効果的かなどのデータを集めて、設計に生かせればいいなと。そこでも、やみくもに全部においをとってしまうということではなく、ご飯が炊けるときのいいにおいは残しておいて、その後、おなかがいっぱいになるころにはにおいも消えていくとか、そういう設計が提案できたらいいなと思っています」

におい・かおり環境協会
技術賞受賞FF―2A

においの強度だけでなく、質といった今まで表現しにくかったにおいを絶対値で評価する島津のにおい識別装置「FF-2A」。悪臭のみならず、食品分野、生活環境など、におい測定の新たな用途を広げている。これまでの実績が評価され、社団法人におい・かおり環境協会の平成18年度技術賞を受賞した。

イヤなにおいは元から絶つ

最後に、家庭のにおいが気になる人はどうすればよいか、聞いてみた。
「家庭でのにおい対策には3つの段階があります。1つ目は発生させないこと、2つ目は、発生しても近くで対策を立てること、それでも抑えることができなかった時は、空間全体を対象に換気することになります」
発生させないことがもっとも効果的な手法で、
「さらに、においの発生源近くに空気清浄機を置けば、部屋中にひろがることは防げます。ペット臭やタバコ臭にはこれが効果的ですね。家中消臭するのは非効率ですし、あってもいいはずのにおいまでも取り去ってしまうことになります。むやみに消臭スプレーなどを使う前に、どこで発生しているのかを見極めて、そこに近いところで対策するのが効果的です」
やむなく部屋中ににおいが広がってしまったときは、部屋のなかに「空気の流れる道をつくる」ことを意識するのがよいとのこと。
「部屋の対角にある窓をあければ、部屋のなかの空気は流れていきます。換気扇がある部屋なら、そこからできるだけ遠いところにある窓を開けるとよいでしょう」

大同工業大学工学部建築学科
准教授 博士(学術)

光田 恵(みつだ めぐみ)

1996年奈良女子大学大学院人間文化研究科生活環境学専攻修了後、名古屋工業大学大学院ベンチャービジネスラボラトリー講師を経て、1998年4月大同工業大学工学部建設工学科建築学専攻講師、2001年10月大同工業大学工学部建築学科准教授に。現在に至る。1998年臭気対策研究協会学術賞、2000年人間―生活環境系会議奨励賞を受賞。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。