バックナンバーBacknumber

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

世界の環境規制に挑む日本企業

環境の世界基準

日本機械輸出組合理事 衣笠 和郎

近年、厳しい環境規制を続々と施行するEU。
その過酷なまでの条件の前に、世界中の企業が戸惑いを隠せないでいる。
その中で日本企業は、懸命の技術開発により高く掲げられたハードルを次々とクリアし、さらなる高みを目指すことが求められている。

世界標準の欧州環境規制

いまや企業にとって環境問題は最重要課題と言ってもいいだろう。工場を源とする環境汚染に人々は敏感に反応し、自社工場から有害物質でも排出しようものなら、企業存続の危機にもなりかねない。
それに加えて、製品そのものの環境配慮も重要視されるようになってきている。環境負荷の低い材料が使用されているか、あるいはリサイクルによって再資源化することができるかなど、製品の材料に対する規制が世界規模で広まりつつある。
この面で世界をリードしているのはなんといってもヨーロッパだ。なかでも電気・電子機器のリサイクル規制「WEEE指令」と有害物質使用規制「RoHS指令」は、世界に先駆けて実施され、その後、他の主要国でも同様の規制を課す動きが加速、拡大し、事実上の世界標準となっている。

あらゆる電気・電子製品を規制

「WEEE指令」は電気・電子機器の廃棄に関する法令で、電気・電子機器の廃棄が環境に悪影響を及ぼさないよう、EU域内で製品の販売を行う企業に対して回収やリサイクルの責任を課している。電気・電子機器廃棄物を一般の廃棄物と分別して回収するのはもちろん、廃棄物の処理に際しても、一定基準を満たし、なおかつ認可を受けた処理業者に委ねなければならない。これにより、廃棄物の埋め立てや焼却が及ぼす環境負荷、さらには資源消費と環境汚染の低減を目指すのである。
この指令が適用される範囲は、大型家庭用電気製品/小型家庭用電気製品/ITおよび遠隔通信機器/民生用機器/照明機器/電動工具(据付型大型産業用工具を除く)/玩具、レジャー、スポーツ機器/医療用機器(移植機器と汚染機器を除く)/監視・制御機器/自動販売機の10カテゴリーでおよそあらゆる電気製品に及ぶ。
一方「RoHS指令」は、電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用を制限する法令だ。鉛/水銀/カドミウム/六価クロム/ポリ臭化ビフェニル/ポリ臭化ジフェニルエーテルの6種類の有害物質を、現在の技術で代替が不可能なもののみを例外として使用を禁止し、これらの物質が規定以上含まれている製品はEU域内での販売を行うことができない。
現在WEEE指令で定義されている10のカテゴリーから医療用機器と監視・制御機器を除いた8カテゴリーについて適用されているが、残る2カテゴリーについても、それらを適用対象とする改訂指令が2010年頃に成立し、2012年頃から実施されると予想されている。
この規制により、環境や人体に悪影響を及ぼす危険性を最小化し、廃棄物の分解やリサイクルも安全に行えることを目指している。

EUにおける主な有害物質規制

● 包装廃棄物指令 Packaging and Packaging Waste 1994年

EU域内で市場に出されるすべての包装物と、すべての包装廃棄物に対して適用され、国内でのプログラムや包装の再利用を通して、包装廃棄物の発生を避けるための措置をとることが求められている。さらに環境への負荷を低減するために、包装の再利用、包装廃棄物のリサイクル、再生を求めている。それらの処理工程で焼却灰や埋めた後の浸出物を考慮し、鉛、カドミウム、水銀、六価クロムの有害金属の使用が制限されている。
その後の改定により、より高い再生率、リサイクル率の目標が設定されている。

● ELV指令 (廃自動車指令) End-of-Life Vehicles 2000年

自動車からの廃棄物発生の予防と使用済み自動車およびその部品の再利用、リサイクルおよび他の形態での再生によって廃棄物削減の促進を目標とする。加盟国は2003年7月1日以後に市場に投入された自動車の材料および部品には、鉛、水銀、カドミウム、六価クロムが含まれないことを確実にする(使用が避けられない場合には、除外が認められている)。

● WEEE指令 (廃電気電子機器指令) Waste Electrical and Electronic Equipment 2005年8月

不要になった電気・電子製品の再利用、材料リサイクル、熱エネルギー利用を促進し、廃棄を減らすことを目標とした指令。引き取り、処理にかかる費用は基本的に製造者が負担する。製品のカテゴリーに応じて、再生率とリサイクル率の数値目標の達成が義務となっている。

● RoHS指令 (電気電子機器に含まれる特定有害物質使用制限指令)
Restriction of the use of certain Hazardous Substances in electrical and electronic equipment 2006年7月

電気・電子製品に、鉛、水銀、カドミウム、六価クロム、および2種類の臭素系難燃剤(PBB,PBDE)の使用を禁止する。現在の技術で代替不可能なもののみ、例外として使用を認める。医療機器(カテゴリー8)、監視・制御機器(カテゴリー9)は、現在RoHS指令から適用除外されている(2008年の指令改定から適用となる見通し。2012年実施予想)。

● REACH規則 (欧州化学物質規則)
Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals 2007年6月

「化学物質、調剤の危険性は、毒性×被爆である」という考えのもとに、1年に1トン以上製造あるいは輸入する化学物質、調剤をEU市場に投入するためには、登録の義務が課せられている。CMR(発がん性物質など)など特に危険なもの、環境に悪いものの市場投入には認可が必要、あるいは使用が制限される。安全性あるいは危険性のテストは、政府ではなく民間(製造者・使用者・輸入者)が負担する。2008年6月から欧州化学庁が予備登録の受付を開始する。

瞬く間に世界へ波及

両法令が世界に与えたインパクトは非常に大きい。
「それまで工場から排出される物質にかかわる法規制は多かったのですが、広範な製品に対して環境規制がかかるというのは初めてのことで、我々日本側はもちろん、当のヨーロッパの企業も非常に当惑していました」
と話すのは、日本機械輸出組合理事の衣笠和郎氏。1999年ブラッセル事務所赴任直後に「WEEE指令」「RoHS指令」の欧州委員会第3次案(内部案)が明らかになり、それ以降、正式提案と欧州議会・理事会での審議の過程において日本企業側の意見を調整し、在欧州の日本企業で作るJBCE(Japan Business Council in Europe在欧日系ビジネス協議会、事務局:日本機械輸出組合ブラッセル事務所内)の辻欣子理事(島津ヨーロッパ)とともにロビー活動を行った経験を持つ。
「EU当局が指令案を作成し、規制導入を推し進めたのは、電気・電子機器に含まれる有害物質が適切な事前処理なしに廃棄されており、今後急増が見込まれるため、このままでは近い将来、ヨーロッパ全域に深刻な環境被害が広がることを強く懸念したためです」(衣笠氏)
その後、指令案はJBCEなどの意見も受け入れて多くの修正が数次にわたって行われ、2002年12月に成立し、WEEE指令は2005年8月に、RoHS指令は2006年7月に施行された。
世界有数の市場であるヨーロッパで販売するためには、どんなに厳しい規制であっても、それに従うことが求められる。そして、その影響はただちに世界に波及した。
「小さな部品に含まれる鉛の量まで規定されるのですから、サプライチェーンをさかのぼって、有害物質の管理をしていかないといけない。企業はセットメーカーから部品メーカーに至るまで、対応に大変な苦労を強いられました」(衣笠氏)
法規制の面でも波及効果は大きかった。米カリフォルニア州ではRoHS規制を盛り込んだ廃電子機器リサイクル法が2003年9月に成立(RoHS規制は2007年1月に施行)。使用規制ではないが、2006年7月には、日本で電気・電子機器の特定の化学物質の含有表示方法(J-MOSS)の制度が開始され、2007年3月には中国版RoHS(電子情報製品汚染制御管理弁法)が施行された。さらに韓国版RoHSも2008年1月に施行される。

試練を乗り越え競争力強化へ

RoHSの施行から1年が経ち、ようやく対応ができてきたところで、さらに強力な「REACH規則」が2007年6月に施行された。ヨーロッパで流通する製品に含まれる約3万種類の化学物質の登録・評価・認可・制限を産業界に課すものだ。RoHSで対象となっていた6物質は、有害性が明らかになっているものだけだったが、REACHでは、たとえ有害性が科学的に立証されていなくても、EUで一事業所あたりの製造・輸入量が年間1トン以上の化学物質は登録しなければならない。
EUではその設立条約において『予防原則』ということをうたっている。これは、安全性が明確になっていない化学物質は市場から排除していこうという考え方で、REACH規則はこの原則に基づいている。
「WEEE、RoHSよりはるかに範囲が広く、化学産業のみでなく、機械、自動車、鉄鋼、繊維等々極めて広範な産業が対象となります。3万種の化学物質を部品や材料のメーカーにまでさかのぼって情報を収集管理することになりますから、産業界の負担は計り知れないものがあります」
原料レベルまでサプライチェーンをさかのぼって、世界中のサプライヤーに対して情報の提供を求め、製品に含有する化学物質名を確認し、またそれらの量を合算しなくてはならない。膨大な作業を余儀なくされることから、産業界は来年の登録開始に向けて体制整備を図り、懸命に準備を進めているという。
「どういうシステムを使って情報の伝達、管理を行なうのが効率的なのか、いま企業や関係団体で話し合いを重ねている最中です」(衣笠氏)
企業にとっては試練が続くことになるが、「逆にチャンスにもなりうる」と衣笠氏はいう。
「日本メーカーの環境対応が進んでいることはEU当局からも評価されており、今後も技術開発を一層進めてこうした『強み』を生かして行くことが重要だと思います。『日本の各社が、欧州の規制に対応した非常に環境・健康にやさしい製品作りを行っています』とアピールできれば、競争力を高めることにも繋がるのではないでしょうか」
かつて技術立国の名を欲しいままにした日本の実力が、再び試されようとしている。

ヨーロッパからの報告

欧州環境規制成立の影に日本企業の力があった

JBCE(在欧日系ビジネス協議会)理事 辻 欣子

ドイツで暮らし始めて25年以上になりますが、ヨーロッパでは、一般の人々でも気軽に環境に対応できるような単純なシステムを作っていることがすばらしいと思っています。
ゴミは、ビン類(無料)、紙類(無料)、包装物(無料)、生ゴミ(有料)、その他のゴミ(有料)という誰にでもわかる大まかな分類をして捨てます。WEEE指令ができて、電気製品(無料)を「その他のゴミ」から分けることになりました。電気製品は大きいもの、小さいものそれぞれ出す場所が決まっていて、業者のところに運ばれると、たとえばパソコンなら基板、冷却板などの金属、プラスチック、ケーブルに分解。さらに基板からコンデンサーが取り外され、それぞれがリサイクルに回されます。
施行まで紆余曲折のあったWEEE指令ですが、こういった形で市民レベルに浸透しているのを見るにつけ、感慨深いものがあります。
1999年のJBCE(Japan Business Council in Europe=在欧日系ビジネス協議会)発足以来、理事を務めさせていただいており、JBCE活動の全体計画を立てる企画委員会の委員長、環境委員会内のWG(カテゴリー8および9)の座長、基準・認証委員会の委員長の任に当たらせていただいています。
WEEE、RoHS両指令に関しては、原案が提出された時点から日系企業の意見調整、欧州委員会に対する提言などに携わってきました。
最初に両指令のもととなった素案を読んだときの率直な印象は、実現は難しいだろうというものでした。製造者の責任において電気製品をリサイクルし、またその中に有害物質を使わないというアイディアは素晴らしいけれど、実情が考慮されていないのは明らかでした。
たとえば、当初案では、鉛、水銀、カドミウムなどの有害物質は使わないとされていましたが、数値をゼロにすることは、実現不可能です。
また、WEEE指令、RoHS指令の対象とされている製品カテゴリーを見ると、思いつくままに列挙しているのが見えますし、一律に扱っているところを見るにつけ、製品耐用年数の長い医療機器や分析・監視装置の実情にうといことは明白でした。
JBCEとして大枠は賛成だが、各論では見直しをお願いしたいとした意見を伝えると、例えば「有害物質使用制限の上限を設けるから、どれくらいなら妥当か検証してみてほしい」との打診を得ることができました。
日本は、当時すでに家電リサイクル法を国内で施行しているなど、一面では環境施策でヨーロッパをリードしているところもあって、信頼を寄せてくれたのだと思います。一方のヨーロッパの企業団体は、第一素案を拒否する構えに出ていましたから、なおさら頼りにされたのでしょう。
私は島津ヨーロッパでは“欧州規制担当”という社長直属の部署に所属していますので、島津本社から自社の部品を使用した分析データなども提供しました。その結果、両指令は机上の空論ではなく、環境保護の立場に立ち、しかも地に足のついた実行可能な指令として出来上がりました。
指令が発効された後も、その運用についてさまざまな意見書をJBCEから提出しており、ヨーロッパの規制とはいえ、その成立・運用に日本企業とJBCEが大きく寄与していると自負しています。
今後、これらの規制が実効性を持ち、運用されていくためには、やはり的確な分析が欠かせないでしょう。私たちは、ヨーロッパを市場とする企業の一員として、また分析計測機器メーカーとして、環境にやさしい分析手法の確立やその普及に、いっそう力を入れていきたいと思います。

辻 欣子

1999年よりJBCE理事。企画委員会委員長、環境委員会WG(カテゴリー8&9)座長、基準・認証委員会委員長。
島津ヨーロッパGmbHアシスタント・マネジャー(欧州規制担当)

日本機械輸出組合理事
(通商・投資 環境・安全 プラント業務担当)

衣笠 和郎

1970年日本機械輸出組合職員に。軽機械(理化学機械を含む)、事務機械担当後、ニューヨーク軽機械センター駐在(ジェトロ出向)。帰任後、海外調査課等を経て1992年通商統括課長。1999年~2002年ベルギー・ブラッセル事務所駐在(WEEE/RoHS指令に関して情報収集、ロビー活動)。帰任後、環境・安全グループ・リーダー。2007年5月から現職。

EUにおける主な有害物質規制

規制物質と最大許容含有量(閾値) ELV RoHS 備考
カドミウム(Cd) 100ppm 100ppm
  • ● RoHS規制6物質のうちdeca-BDEの適用除外が決定(2005.10/15)
  • ● 閾値は委員会又は、理事会決定済
    ELV(2002.6/29、2005.9/30)、RoHS(2005.8/19)
  • ● 閾値の分母はELV,RoHSともHomogeneous Material(均質材料)であるがその定義はELVガイダンスドキュメント、RoHSガイダンス(FAQ)に示されている
  • ● ELV付属書IIの改定の理事会決定(2005.9/30)によりELVでの意図的導入を禁ずる前提条件は削除された
  • ● ELV,RoHSとも適用除外用途が定められているので注意が必要
    RoHS適用除外要請と検討が継続している
鉛(Pb) 1000ppm 1000ppm
水銀(Hg) 1000ppm 1000ppm
六価クロム(Cr6+ 1000ppm 1000ppm
ポリ臭化ビフェニル
(PBB:Poly Brominated Biphenyls)
規制対象外 1000ppm
ポリ臭化ジフェニルエーテル
(PBDE:Poly Brominated Di-phenyl Ethers)
規制対象外 1000ppm

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。