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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

乳酸菌の秘密に迫る

花粉症、アレルギーに効果が期待

紀元前6世紀の仏教教典『大般若涅槃経(だいはんにゃねはんきょう)』のなかに「醍醐は酥からつくられた滋養豊富な乳製品で、衆病皆除の効あり」と記されている。
大和朝廷時代には極めて珍重されたこの食品は乳酸発酵でできた酸乳だ。
科学の力は、いま、その発酵乳の不思議な力を解明しようとしている。

乳酸菌のさまざまな健康効果

中央アジアのクミス、インドのダヒ、インドネシアのダディヒ、シリアのアイラン、東ヨーロッパのヨーグルト。原料となる乳の種類は牛や馬、山羊と異なるが、いずれも発酵乳の一種だ。数千年の歴史を持ち、世界中で栄養価が高く保存性の高い食品として食卓を彩ってきた。その発酵乳の製造に欠かせないのが乳酸菌だ。実は、醤油や味噌のおいしさを引き出す縁の下の力持ちとしても働いている。
食品保存効果や健康効果を持つ乳酸菌は、腸内では、大腸菌などの悪玉菌に対して、善玉菌と呼ばれ、腸内細菌のバランスをよい方向に変える力がある。さらにその菌体は、発ガン物質や変異原物質を吸着し、人体に吸収されるのを防ぐ効果もあるのだ。
また、牛乳のタンパク質を分解して生理活性ペプチドを作るなど、有用な物質を生産する力がある。その一種である「ラクトトリペプチド」は、体内に吸収されると、血圧を下げるとともに、血管の機能を改善する働きがあることも確認されている。

カルピス(株)健康・機能性食品開発研究所。“心とカラダの健康”をサポートする次世代の製品をつくるための研究開発を続けている。
http://www.calpis.co.jp

乳酸菌の作用により免疫細胞が産出するサイトカインの同定などに、島津の分析装置が活用されている。

免疫系のバランスを整える

これらに加えて最近注目されているのが、さまざまなアレルギー反応を抑える働きである。
人には体外から侵入しようとする異物を排除して生体を守る免疫システムが備わっているが、花粉やダニなど本来無害なものに対して免疫系が過剰な反応を起こしてしまうのがアレルギーだ。
免疫系の指揮官にあたるのはT細胞と呼ばれる白血球で、侵入する異物の種類や量によって、Th1かTh2と呼ばれる細胞に分化する。この2種がバランスをとりながら、さまざまな白血球に指令を伝え、的確に免疫応答を制御して異物を取り除いていくのだが、アレルギー患者の場合は、そのバランスが崩れ、Th2細胞が過剰に産生されてしまっていると考えられている。その結果、必要のない抗体が多量にできて、体内で行き場を失い、放置しておけばいいはずの異物に反応する。それが花粉に対して起こると、くしゃみ、鼻水、鼻詰まりなどの症状を誘発してしまうのだ。
乳酸菌には、Th1細胞を活性化し、Th2細胞の働きを抑えることが知られており、偏ってしまったT細胞のバランスを改善する、と期待されるのだ。

カルピス(株)
健康・機能性食品開発研究所
藤原 茂 上級マネージャー

花粉症、アトピーにも効果が

1917年から乳酸菌関連食品の製造を続けているカルピス株式会社の研究機関、健康・機能性食品開発研究所では、長くこのアレルギー抑制効果に注目し、研究を続けている。 2002年には、ラクトバチルス・アシドフィラスL-92株という乳酸菌(飲料の「カルピス」の製造に使われる乳酸菌の” 親戚“にあたる)を含有した飲料を、それと知らせずに毎日2本ずつ飲んだ人と飲まなかった人を比較する実験を実施。6週間後には、花粉症の眼の症状が約3割低減したという結果が出た。ハウスダストによるアレルギーについても、ほぼ同様の結果が出ている。
「続けて食べて頂ければ、多くの人で効果が実感できると思います」と同研究所上級マネージャーの藤原茂氏は語る。
花粉症(季節性アレルギー性鼻炎)に悩む人は国内で約2500万人、ダニなどをアレルゲンとする通年性アレルギー性鼻炎は約1500万人にのぼるといわれており、きっと大きな福音となるはずだ。
さらに同研究所では、アトピー性皮膚炎についても、同様の研究を進めている。継続して飲用している人に有意な効果が期待されているという。
「この研究所では、高速液体クロマトグラフ質量分析装置など、数多くの島津の分析計測装置を導入しています。乳酸菌の健康効果には、まだまだ未知な部分もたくさんあります。今後それを解明し、いつかは人それぞれの健康状態に合わせたオーダーメードの乳酸菌飲料を提供できるようになれば、と思っています」(藤原上級マネージャー)

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。