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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

産学連携が生む最先端テクノロジー6

分子イメージング技術確立へ英知を結集

京都大学大学院医学研究科 放射線医学講座 平岡 真寛

生体内で細胞の性質を判別し、画像として浮かび上がらせて見せる分子イメージング技術。
がん治療の大きな切り札となるとともに、生命現象解明の足がかりとしても大きな役割が期待されている。
その技術確立のためには、既存の学問、専門分野の枠をすべて取り払わなければならない。
大学で、企業でその動きは着実に進みつつある。

がんを捉える

「細胞の数にして1000個、直径0.1ミリの段階でがんをとらえる」
いまはまだ夢に過ぎないが、近い将来現実になるかもしれない。それを可能にするのが、分子イメージング技術だ。
「0.1ミリといえば、ほとんどのがんは発生したばかりで、周囲の組織への浸潤もない。この段階なら他への転移もないし、確実にがんをつぶすことができるでしょう」
と話すのは、京都大学大学院医学研究科教授の平岡真寛教授だ。
平岡教授は、がん治療の専門家だ。放射線や熱などを用いてがん細胞を攻撃する。いわば物理的な治療を得意としてきた。
いま、放射線治療はミリ単位で場所を特定し、そこだけに集中して放射線を照射できるまでに進歩している。だが、肝心の„照準機“の精度がそれに追いついていないのが現状だ。
かつてがんが体内のどこにあるかを知るには切開して目で確かめるしかなかった。いまではCTやPETなどの装置のおかげで条件が整えば、画像診断によって割り出すことができるようになった。だが、それでも十分ではない。
「たとえばPETでも、10ミリ程度の大きさにならないと今は見つけるのが難しい。しかもいざ手術してみたら、ただの炎症だったということもある。またリンパ節への転移があれば、抗がん剤を併用するなど治療戦略を修正する必要もありますが、それも十分捉えきれないんです」
平岡教授にとって、がんを手に取るようにわかるスコープは、喉から手が出るほどほしい装置なのだ。

コレクションされている古いX線管の前で

性質をも形として浮かび上がらせる

分子イメージング技術の特徴は、外見上の特徴だけでなく、その性質(機能)をも画像として見せてしまえる点だ。たとえば、体内でも酸素の少ないところのがんは、悪性になりやすく放射線が効きにくいが、低酸素のところに集まりやすく、かつがんと結合しやすい分子プローブを開発できれば、タチの悪いがんの姿形、場所をくっきりと浮かびあがらせることができる。測定装置の感度が高められれば、その形を1ミリ以下の精度で描き出すことができる。そして、その座標を正確にコンピュータで制御して放射線を当てれば、周りの組織を痛めることなく、まさにピンポイントで攻撃できるのだ。
「正確な形、性質が見極められれば、より綿密で計画的な治療ができます。さらに分子プローブにがんを攻撃する薬剤をくっつけてやれば、分子プローブをそのまま治療薬として展開することもできます。がん治療において分子イメージングに期待するところは非常に大きいんです」

21世紀医療の基盤技術

さらに、分子イメージングの可能性は、がん治療だけに留まらない。たとえば神経がどう発生し、どういうネットワークをつないでいくかというのは、いままではできあがったものを見て想像するしかなかった。だが、神経細胞を選択的なプローブを用いて追跡すれば、その発生から消滅までを一連の絵巻物のようにしてみることができる。
「分子イメージングは、生体内における正確かつ、詳細な位置情報を得るための非常に強力なツールなんです。こういう細胞がどこにあって、どういう働きをしているということを目で見て確かめることができる。
21世紀のあらゆる医療の基盤技術となりますし、生命現象の解明にも大きく貢献するはずです」

平岡真寛教授(右)と島津製作所清水公治部長(左)

分子イメージング確立の旗の下に

それほど強力な武器となりうる分子イメージングだが、技術を確立するのは簡単ではない。
もっとも問題となるのは、非常に多様な分野の知恵が必要とされる点だ。
たとえば、分子プローブを開発するためには、疾患に特異性のある分子を調べ上げて標的を特定する知識と研究体制が必要だ。これには分子生物学の専門家が適任だ。次に、この標的に選択的に結合するプローブが必要になる。プローブをより小さくするために、分子構造を解析して理想的な分子構造を割り出す過程に移る。ここで活躍するのは理学分野の専門家だ。そしてその構造式に基づいて分子を合成するとなると、工学の専門家の出番だ。その特異性の高い分子に、光を放出する標識などをくっつけたものが分子プローブとしての完成品となるわけだが、その標識の開発は、材料工学、薬学に頼ることになる。 さらに、体内に入った分子プローブを検出するための装置の開発も並行して進める必要がある。これには装置メーカーの協力が欠かせない。
「これだけ多くの人が関わらなければいけない研究でありながら、ごく最近までそれぞれの場所でバラバラに研究されてきた。それではいつまでたっても研究は進みません。分子イメージング技術の確立という旗印を立てて、それを目指す人たちが一堂に集える„場“が必要なんです」
昨年秋、京都大学は、医学研究科、工学研究科、再生医科学研究所が連携し、「ナノメディシン融合教育ユニット」を立ち上げた。ナノテクノロジーとバイオテクノロジーを融合して、最先端の医療、創薬に資する人材育成を目的としており、ここには生体イメージング・ターゲティングの専攻科もある。平岡教授の願いがようやくかなった形だ。
また島津も、今年6月、経営戦略室に次世代医療事業推進グループを立ち上げた。ライフサイエンス、分析計測機器、医用画像診断装置の研究開発者を結集して、分子イメージング事業を中心とした次世代医療事業推進の取り組みを強化するのが目的だ。
「この産学の連携で、分子イメージング技術の開発はもっと加速すると思います。ぜひ平岡先生の研究をお手伝いしたい」(経営戦略室次世代医療事業推進グループ 清水公治部長)
医療における新世紀が、いよいよ始まろうとしている。

京都大学大学院医学研究科 放射線医学講座
放射線腫瘍学・画像応用治療学 教授
ナノメディシン融合教育ユニット長

平岡 真寛

医学博士。京都大学医学部卒、同大大学院医学研究科修了後、助手として同大付属病院放射線科に勤務。1987年、米国スタンフォード大学放射線腫瘍科客員助教授。帰国後、京都大学医学部助教授、教授を経て、2006年4月京都大学ナノメディシン融合教育ユニット長を併任。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。