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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

産学連携が生む最先端テクノロジー5

燃料電池に見た夢

石油、原子力にかわる次世代のエネルギーとして大きな注目を集めている燃料電池。半生をその研究開発に費やしてきた研究者の夢を実現しようと、いま島津と共同研究をすすめている。

次世代エネルギーのベストチョイス

2020年の日本―。
家庭には燃料電池が据え付けられ、電力はもちろん、給湯、暖房もまかなっている。出かけるときは、家庭で生産した水素を補給した燃料電池自動車で。二酸化炭素もSOxもススも排出しないので、街の空気も郊外同様澄んでいる。携帯電話やノートパソコンも燃料電池で駆動。電池切れの心配が大きく軽減される。
これは決して夢物語ではなく、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が戦略的に考える未来のエネルギーの姿。その中核にあるのは、水素と酸素を反応させて電力と熱を取り出す燃料電池だ。
「もちろん、発電なら太陽電池や風力などもあるでしょうが、エネルギー効率のよさを考えれば燃料電池がベストチョイスといえるでしょう」
と語るのは、山梨大学クリーンエネルギー研究センター長の渡辺政廣教授。日本の燃料電池研究の草分け時代の1969年から研究を続ける第一人者だ。

燃料電池自動車の夢

渡辺教授が燃料電池に携わるようになったのは、助手となってすぐに、ライフワークとすべきテーマ探しのつもりで出席した学会で聞いた講演がきっかけだったという。
「その講演のテーマが燃料電池だったんです。アメリカからの招待演者が『1980年には燃料電池自動車が町を走り回っているはず』と力説しているのを聞いて衝撃を受けてしまって」
当時、燃料電池は研究の対象であっても、宇宙用など特殊でお金に糸目を付けない世界の話とばかり思っていた。にもかかわらず、10年後には自動車に載せて動かせるまでに開発が進むという。渡辺教授は、学生時代は応用科学が専攻だったのに自動車部に所属して、整備士免許まで取ろうとしていた自他ともに認める自動車フリーク。それだけに燃料電池自動車に夢をかき立てられたようだ。
だが、予言ははずれた。10年を過ぎても燃料電池車が登場することはなかった。
「端的に理由をいえば、燃料電池が総合科学・工学の産物だからということでしょうか。反応を促進させるために不可欠な触媒や電解質の開発には材料工学が、その現象解明には化学や物理などの基礎科学が、熱を回収して反応室を適温に保つためには熱工学、計算通りに燃料の流量を制御するためにはコンピュータ工学も必要です。燃料電池は、いうならば化学プラントの縮小版なんです。理論上は可能でも、あらゆる分野の研究者が力を合わせなければ、なかなか進展させることはできません」

地道な研究の成果

時は過ぎ、21世紀を迎えて燃料電池は大きな注目を集めるようになった。
主たる要因は環境問題に対する社会の目が鋭くなったことにあるが、研究が進み実用化のめどがたってきたことも、もちろん関係している。渡辺教授の実験室からも基礎研究成果と併せて、実用化に向けてキーテクノロジーとなるとなる多くの成果を生み出してきた。
1990年代初めに、自動車メーカーが開発した世界初のバンタイプの燃料電池車では、大量の触媒を使っても燃料電池の容積1リットルあたりの出力がわずか100ワット。それもあって運転席を除いた車室の3分の2が燃料電池で埋まってしまっていた。それから15年が経過し、現在研究されているものは1リットルあたり2kwを超える出力、大きさも段ボール箱二つ分ほどで居住性も十分確保されている。
「素材開発メーカーも自動車メーカーや家電メーカーも、大変な苦労をしながらここまできました。実用化までもうちょっとのがんばりなんですよ」と渡辺教授は夢を語る。

“生きた”燃料電池を見る

その「もうちょっと」をうめるために不可欠なのが、運転中の燃料電池内部の様子をリアルタイムでモニターできる装置だという。
エンジン内部の爆発の様子を映し出した映像を見たことのある人は少なくないだろう。それと同じように燃料電池内で起こっている反応の様子を見ることのできる装置が各方面から求められており、島津も渡辺教授らとともにその開発を進めている。
「燃料電池のなかで酸素や水素が何処でどのように反応しているのか、また水蒸気はどう流れていっているのかを確かめることができれば、改良のためのデータ収集が格段に早くなります」(渡辺教授)
「これまでは、燃料電池を作っては運転し、さらに分解して内部で何が起こったかを検証するという工程が必要でした。それでもデータは集まりますが、やはり“生きた”状態で燃料電池を観察できるとできないでは、集まるデータの質が違います」(島津製作所基盤研究所 南雲雄三主任研究員)
この研究開発は、酸素検出試薬の開発を担当する早稲田大学の西出教授、家電、携帯、自動車メーカーなどとも連携したMEDOの「固体高分子型燃料電池実用化戦略的技術開発」プロジェクトの一環。昨年スタートし、08年には試験機を開発、それを用いて、家庭用、乗用車用に適した固体高分子型高分子形燃料電池の高性能化、長寿命化を図ることを目的としている。
実用化までには、いまの10分の1以下のコストで同等以上の性能を発揮できるよう、電池の材料や構造、あるいは運転方法の開発を進める必要がある。また、燃料電池は運転にともなって内部の触媒や電解質が劣化していく。家庭用ではいまの10倍近い9万時間の耐久性が求められている。決して楽な目標ではないが、「島津さんはじめ開発に携わるすべての人、企業が同じ方向を向いている」(渡辺教授)ことが何よりの強みだ。
「燃料電池車のオーナーになってドライブすることが、ずっと私の夢だったんです。そこまでもう少し。『結局オーナーになれたのは、燃料電池車椅子でした』なんてことにならないように、身体も鍛えておかないと(笑)」
青年の夢が、まもなく現実になろうとしている。

渡辺 政廣

1943年生まれ。山梨大学工学部卒業。山梨大学大学院修士課程修了。工学博士(東京大学)。
山梨大学クリーンエネルギー研究センター教授・センター長。山梨大学評議委員。 現在に至る。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。