島津賞

過去の受賞者情報

2022年度島津賞

国立研究開発法人 理化学研究所 環境資源科学研究センター センター長

齊藤(さいとう) 和季(かずき) 氏(67才)

受賞者には、表彰状・賞牌・
副賞500万円を贈呈
研究業績
植物メタボロミクス・統合オミクスの開拓による植物科学の新展開
推薦学会
一般社団法人 日本植物バイオテクノロジー学会
受賞理由
齊藤和季氏は、複数の質量分析計によるメタボローム解析プラットフォームの確立、優れたピークアノテーション手法の開発などによりメタボロミクス解析基盤を確立しました。
さらに、同氏は開発した先端的植物メタボロミクスを他のオミクスと統合し、新規で有用な植物代謝産物の発見のみならず、これらの生産に関わる遺伝子の同定とバイオテクノロジーへの応用を実現しました。
当財団は、これらの業績が、学術面だけでなく社会的にも多大な貢献をしていることを高く評価しました。

齊藤氏の島津賞受賞については、下記HPでも紹介されています。
理化学研究所HP日本植物バイオテクノロジー学会HP
研究内容
ゲノム科学の進展と共に、網羅的な代謝産物解析であるメタボロミクス注1研究が勃興しました。特に、植物は動物を遙かに凌駕する種類の代謝産物(植物化学成分、ファイトケミカル)を自ら生産し、それらは植物の機能や有用性に直結しているため、植物科学おけるメタボロミクス研究は非常に重要です。
しかし単一の計測技術が適用可能なゲノム、トランスクリプトーム、プロテオームと異なり、メタボローム解析では複数の計測技術を有効に組み合わせることによって初めて十分な網羅性が確保されるという困難さがあり、さらに新たな生物学的発見を達成するためには、計測後のピーク アノテーション注2の実施と、他のオミクスとの統合も必要でした。
齊藤和季氏は2000年代初期から、世界に先駆けて植物メタボロミクスの重要性を認識し、この分野を開拓してきた国際的な第一人者であり、理化学研究所において複数の質量分析計によるメタボローム解析プラットフォームを確立し、解析対象成分の網羅性を最大化すると共に、優れたピーク アノテーション手法も開発しました。これら、同氏によって確立されたメタボロミクス解析基盤は、国内外の研究者コミュニティに広く利用され、世界の植物科学の進展に貢献しました。
さらに、同氏は自ら開発した先端的な植物メタボロミクスを、ゲノミクス、トランスクリプトミクスと統合した「ファイトケミカル ゲノミクス注3」を定式化(次ページの図を参照ください)し、新規で有用な植物代謝産物の発見のみにとどまらず、これら代謝物の生産に関わる遺伝子の同定を達成することで、バイオテクノロジーへの応用を実現しました。
具体的には、抗酸化性フラボノイド注4、健康機能性グルコシノレート注4に代表される含硫黄成分、生物活性アルカロイド注4などの主要な二次代謝産物、環境ストレスで誘導される新脂質とこれらの生合成遺伝子の同定、臨床的に用いられている抗癌成分カンプトテシン注5の生合成研究と生産細胞での自己耐性機構の発見などが挙げられます。また、漢方で最も頻繁に配合される重要生薬「甘草注6」について世界で初めてゲノム配列を決定し、主要成分の生産遺伝子の同定や代謝工学に貢献しました。その他、イネ、トマト、ジャガイモなど幅広く主要作物について、メタボロミクスによる健康機能成分や毒性成分の生産について、ゲノム機能研究とバイオテクノロジーを推進しました。
これらの業績は学術面だけでなく社会的にも多大な貢献として世界に認められています。
用語解説
注1 メタボロミクス
生体の代謝産物の総体であるメタボロームを網羅的に解析する学問分野を指します。全遺伝子DNAを解析するゲノミクス、全転写産物(ゲノムDNAを鋳型として合成されるRNAの総称で、mRNAからタンパク質の材料であるアミノ酸が合成される)を解析するトランスクリプトミクス、全タンパク質を解析するプロテオミクスと共にオミクス(オーム科学)と称されます。
注2 ピーク アノテーション
メタボロミクスにおいて、質量分析計などの分析機器によって得られた計測シグナル(ピーク)がどのような化学成分に由来するかを、同定あるいは推定する作業を指します。特に、メタボロミクス研究で最も一般的な非ターゲット分析において、結果の生物学解釈のために重要なステップです。
注3 ファイトケミカル ゲノミクス
ファイトケミカル(植物化学成分)の生合成、輸送、蓄積、作用、分解などに関するゲノム関連科学を示します。下図に示すようにメタボロミクス、トランスクリプトミクス、ゲノミクスなどに加え、それらを統合するデータベース開発、システム生物学、ゲノム機能科学、バイオテクノロジーも含め大きな研究分野が形成されます。
注4 フラボノイド、グルコシノレート、アルカロイド
特定の植物種や近縁の植物に特異的に蓄積する代表的な二次代謝産物の代表群です。フラボノイドは抗酸化活性を有する特徴があり、グルコシノレートは分子中に硫黄を含み抗癌活性が認められている成分もあります。アルカロイドは分子中に窒素を有し、多くの場合神経作用などの特異的な生物活性を有します。
注5 カンプトテシン
臨床的にも用いられている抗癌薬の原料となるアルカロイドであり、細胞の核内でDNA複製を阻害して抗癌活性を発揮します。
注6 甘草
一般的に用いられる漢方処方の約70%に配合されている最も汎用性の高い生薬、またはその基原となる薬用植物を指します。その主要成分であるグリチルリチンは砂糖の約150倍の甘さがあり、低カロリーの天然甘味料の原料としても重要です。
「ファイトケミカル ゲノミクス」の定式化
島津賞(2022年度)受賞者<齊藤和季氏>のプロフィール
主な略歴
1977年 3月東京大学薬学部 卒業
1979年 3月東京大学大学院 薬学系研究科修士課程 修了
1981年 8月東京大学大学院 薬学系研究科博士課程(応用微生物学研究所 奥田重信教授)中退
1981年 9月慶応義塾大学医学部(薬理学教室、加藤隆一教授) 助手
1982年 9月薬学博士号取得(東京大学)
1985年 4月 千葉大学薬学部 助手(生薬学研究室、村越勇教授)
1987年 1月 ベルギー王国ゲント大学博士研究員(遺伝学教室、Marc Van Montagu教授)
1990年 8月 千葉大学薬学部 講師(生薬学研究室)
1993年 5月 千葉大学薬学部 助教授(生薬学研究室)
1995年 4月 千葉大学薬学部 教授(遺伝子資源応用研究室)
2005年 4月 理化学研究所 植物科学研究センター グループディレクター(兼務)
2008年 1月 日本植物細胞分子生物学会(現・日本植物バイオテクノロジー学会)会長
2010年 4月 理化学研究所 植物科学研究センター 副センター長(兼務)
2013年 4月 理化学研究所環境資源科学研究センター副センター長/グループディレクター(兼務)
2016年 4月 千葉大学大学院 薬学研究院 研究院長・薬学部長
2016年 4月 日本生薬学会 会長
2019年10月 千葉大学 植物分子科学研究センター センター長
2020年 3月 千葉大学 定年退職
2020年 4月 千葉大学 名誉教授および特任教授(植物分子科学研究センター)
2020年 4月 理化学研究所 環境資源科学研究センター センター長
現在に至る
主な受賞歴
1993年 3月 奨励賞(日本薬学会)
2010年 4月 文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)
2011年 9月 学術賞(日本植物細胞分子生物学会)
2014年 6月 Highly Cited Researchers(以降、2022年現在まで9年連続)
2014年 9月 生薬学会賞(日本生薬学会)
2016年 3月 日本植物生理学会賞(日本植物生理学会)
2017年 3月 日本薬学会賞(日本薬学会)
2018年 6月 Lifetime Honorary Fellow(国際メタボロミクス学会)
2018年 11月 紫綬褒章

島津賞とは

島津賞は、科学技術、主として科学計測に係る領域で、基礎的研究および応用・実用化研究において著しい成果をあげた功労者を表彰します。表彰は毎年原則1名で、表彰者には賞状、賞牌、および副賞500万円を贈呈します。