学芸員モノ語り

創業者の手紙―横地石太郎へ(1)

今回は、当社の創業者である初代島津源蔵の唯一現存する自筆の手紙について2回に分け紹介したいと思います。
手紙の受取人は鹿児島に住んでいた横地石太郎(1860-1944)という人物です。
横地は、はじめ金沢英学校で英語や数学、漢学を学んだ後、東京大学で理化学を学び、手紙を受け取った当時(1891)は鹿児島高等中学造士館(現:鹿児島大学)の教授でした。

横地石太郎 肖像写真
横地石太郎 肖像写真

その後、愛媛県尋常中学校に教頭として勤務していた時に、夏目漱石が同校に赴任しており親交がありました。このことから横地は、漱石の代表作の一つ『坊っちゃん』に登場する「赤シャツ」のモデルともされます。
横地は、1886(明治19)年8月から9ヶ月間、京都で尋常中学校の教諭として勤めており、その頃には初代源蔵と出会っていたようです。それを示す資料として、当時、初代源蔵が発刊していた『理化學的工藝雑誌』があります。なんと、横地は京都在住中、この雑誌にほぼ毎月寄稿していたのです。内容には、寒天を使って印刷する簡易コピーともいえる寒天版(筆摺版)の仕様、魚油を用いた石鹸や新耐火セメントの製造法など海外の研究成果もあり、横地と初代源蔵は理化学を通して交流があったことがわかります。

次回は、初代源蔵が横地に宛てた手紙の内容について紹介します。

『理化學的工藝雑誌』
『理化學的工藝雑誌』
「新耐火セメント」掲載頁
「新耐火セメント」掲載頁

参考文献
平成28年度企画展「横地石太郎」(金沢ふるさと偉人館)資料

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