学芸員モノ語り

幻燈会にて

明治19年(1886)頃から京都では幻燈器を使った教育幻燈会が流行し、京都師範学校や各小学校で盛んに開催されるようになりました。

幻燈器とは、現在のスライドプロジェクターのことで、光源によって幻燈映画を照らし、レンズを通して拡大、映写幕に投影する装置です。当館にある幻燈器は、明治中期頃の島津製で、光源が灯油ランプであり、空気を取り込むための沢山の穴と収納式の煙突が付いています。

幻燈器(製作:明治中頃)【展示中】 幻燈映画
幻燈器
(製作:明治中頃)
【展示中】
幻燈映画

幻燈会ではドイツ製のものや、レンズを6枚用いて一丈五尺(約4.5m)もの大きな映像が見える改良型と呼ばれる幻燈器が使われ、京都府学務課からの貸出しも行っていました。

幻燈会の主な目的は、普段、授業で習っている博物・天文・生理などの概念を生徒に理解させることや、教員と父兄との懇親、教育への関心を高めてもらうことであり、多くは講演や音楽会、理化学器械の実験と一緒に催されました。

明治20年5月14日、上京区第7組嘉楽小学校で行われた際には、島津源蔵が新発明の電気器械数種と爆鳴砲杯(電砲)を使った実験を見せています。記録によると、この夜は湿気が高かったせいか十分に放電が起らなかったが、電気の作用を多少理解してもらうことができたとあります。

感応起電機(製作:明治17年) 【展示中】
感応起電機(製作:明治17年)
【展示中】
電砲(製作:明治中頃) 【展示中】
電砲(製作:明治中頃)
【展示中】

実演では、寓意画、生理画、コロンブスの新大陸発見などの幻燈画が、抑揚や緩急が巧みな弁士の語りとともに投影され、生徒、父兄、諸役人、外国人など500人以上の観客は拍手喝采、おひらきとなりました。

まだまだ教育界が発展途上にあったこの時代、幻燈器や理化学器械は、アトラクションの要素を有するものとして求められた一面もあり、教育と娯楽の間で人々を魅了していったのです。

参考文献
京都府教育会編『京都教育会雑誌18号』(1887)

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