学芸員モノ語り

処世の要道

事業の邪魔になる人は、「金銭でなければ動かぬ人」「何ごとを行ふにも工夫をせぬ人」「仕事を明日に延す人」―。

これは、昭和14年(1939)1月に二代目島津源蔵が、事業の発展に重要な要諦として書き示した教訓です。自らの商業活動の体験や苦労をもとに培った人生哲学ゆえでしょうか、来館者は「厳しいなぁ~」と苦笑いしながらも写真を撮ったり、書き写したり、70年余の時を超えて共感を呼んでいます。

この時、二代目源蔵は70歳。社長を退く半年ほど前ですが、これらを事務所や工場などに掲げて従業員の意識を喚起すると共に、ことあるごとに披露もしていたようです。

例えば、京都市立第一工業学校(現:京都市立洛陽工業高等学校)発刊の月刊誌『京工』第106号(昭和14年3月15日発行)には、二代目源蔵が卒業式の祝辞でこの教訓を示し諸生徒に論じたとあります。

また、石版刷りの額面を多数印刷し、他会社から希望があると寄贈もしており、このうちの1枚と思われるものが、滋賀県五個荘にある東近江市近江商人博物館に展示されています。もともと近江の豪商・藤井家にあったもので、昭和55年、五個荘町の所蔵となりました。

実は、藤井家と島津家のつながりは深く、四代目 藤井善助は、大正6年(1917)、島津製作所が株式会社に改組した際の発起人の一人であり、その後、取締役として経営にも携わっていました。また、善助の弟である彦四郎の次男(繁次郎)には、島津常三郎(二代目源蔵の末弟)の長女が嫁ぎ、親戚関係にもあります。

なぜか、この東近江市近江商人博物館にあるものと当館の内容は、助詞など異なる点が4箇所あり疑問は残りますが、長年、取り置かれていたことを考えると「三方よし」の精神に相通ずるものがあったのでしょうか。いや、近江商人も苦笑いしながら見ていたのかもしれません。

事業の邪魔になる人 【展示中】
事業の邪魔になる人 【展示中】
島津家の事業継承約款(大正6年7月1日) 【展示中】
島津家の事業継承約款(大正6年7月1日) 【展示中】

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