感性を可視化できる時代を目指して
「HuME(ヒューム)」開発者の思い
スマートデバイスを着用するだけで体温や心拍数、睡眠状態などのデータを取得し、自身の健康を管理する――10年前には未来の技術とされていましたが、今や当たり前となっています。センサーの小型化やIoTの技術革新を背景に、ヒトのあらゆる生体信号を捉えてデータ化する「生体センシング」の開発がグローバルで加速した結果です。計測事業を柱とする島津製作所でも、生体センシング技術の開発を進めています。
ヒトの心身をより良い状態へと導く
島津製作所の研究部門には、生体信号の情報をもとにヒトの心身の状態をより良い状態に導くソリューションの提供を目指す「脳五感ユニット」があり、現在は25人が在籍しています。2025年4月に生体計測システム「HuME(ヒューム)」を発売しました。
マルチデバイス生体計測システム「HuME」の製品紹介動画
「HuME」は、ヒトの心理状態や感性、感情の解釈を支援するシステムです。表情筋デバイス、心電デバイス、脳波デバイスを使って、心拍や心電、脳波、筋電位(筋肉が活動する時に発生する電気的な信号)などの生体信号をデータ化し、ビデオカメラで撮影した動画データと合わせて解析します。
今後は、自動車や化粧品、食品などの分野における新しい評価方法としての活用を目指しています。「HuME」は、7月16日から18日にかけてAichi Sky Expo(愛知県国際展示場)で開催される『人とくるまのテクノロジー展2025 NAGOYA』にて実機展示します。
入社時に立ち上げた研究が製品化
「HuME」の開発がスタートしたのは2017年。メンバーには、当時新入社員だった村田耕一が抜擢されました。
左から、マネージャーの木村健士、村田耕一、伊東喜直。開発とビジネス展開の橋渡しを担うことを目的とした部署「スタートアップインキュベーションセンター」に所属
「学生時代には、脳活動を計測するMRI対応の感覚刺激システムの研究開発を行っていました。生体計測デバイスの開発をすると聞いた時には興味はあったものの、自分の専門分野とは遠からず近からずといった具合でした。ウェアラブルデバイスを作るにはどうしたらよいか、セミナーを受けるところから始めました」。
生体計測にまつわる国内外の技術やデバイスを探索する中で、開発コンセプトが固まっていきます。それは、装着していることを忘れるほどリラックスした状態で使えることでした。
脳五感ユニット感性計測Gのグループ長である古田雅史は「ヒトの心理状態や感情の計測は、環境や前後の出来事に左右されやすい難しさがあり、実験室など特定の環境下で研究されてきました。製品の感性評価に取り組む様々なお客様からは、実際の使用状況である日常生活に近い条件で計測可能でありながら被験者が負担感を感じない実験手段が求められていました」と言います。
HuMEの基礎研究に携わった基盤技術研究所のメンバー。左端が古田雅史
また、感性計測分野の研究で課題となっていたデータの収集と統合も手軽にしました。「各デバイスのデータを突き合わせて解析することが大変だとの声をよく聞いていました。こうした計測や解析の手間を減らしていく実験支援システムを作れば、お客様が本来やりたかったことに集中して取り組めるようになるのではと考えました」という。
「HuME」の製品パッケージ。表情筋デバイス、心電デバイス、脳波デバイス、ビデオカメラとソフトウェアなどで構成され、1つのバックに収納できる
村田は言います。「開発がスタートした当初は、社内にも事例がない新しい製品だったので、ニーズを含めてお客様に教えていただくことがとても多かったです。研究から試作機の製作、製品化までを一気通貫でできたのは貴重な経験でしたし、学生時代からの夢が叶いました」。
HuMEを制作する過程で、開発メンバーは感性計測の価値を確信したと言います。村田は「現在は、ヒトの感性を計るために有効な手法はアンケート記述ですが、HuMEがその選択肢の一つに挙げてもらえるように頑張りたい」と意気込みます。今後は、データの解析を助けるアプリケーションの開発に着手していきます。
