「宇宙好きの営業」が手にした、JAXAからの感謝状
JAXAからの感謝状を手に持つ、島津テクノリサーチの中山 貴司(試験解析事業部 分析計測センター 試験機・NDIグループ 副グループ長)
2024年1月20日の深夜。島津テクノリサーチの中山 貴司は、かじりつくようにしてスマートフォンの画面を見ていました。小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」の打ち上げの様子をライブ配信するJAXA(宇宙航空研究開発機構)のYouTubeチャンネルです。「頼む、頼む……」。手に汗握る沈黙の数分間を過ごしたのち、画面に「着陸」のマークが表示されました。「やった…よかった、成功した!」――世界で初めて、月面へのピンポイント着陸が成功した瞬間でした。
島津テクノリサーチが、小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」のミッション達成に貢献
SLIMとは、JAXAが開発した小型の無人探査機です。従来は誤差が数キロメートルあるとされている月面着陸において、誤差55メートルという高精度での「ピンポイント着陸」に世界で初めて成功しました。今後は「降りられるところに降りる」から「降りたいところに降りる」へとシフトすることで、月探査の未来を切り開くターニングポイントになると期待されています。
そんな宇宙開発の最前線のプロジェクトに、島津テクノリサーチの分析技術が貢献したとして、2024年7月にJAXAから感謝状が届きました。
島津テクノリサーチの本社ビル(京都市・中京区)
島津テクノリサーチは、土壌や水に含まれる環境汚染物質の測定や、製品・素材の試験や評価などを行う受託分析会社です。これまで宇宙開発との関わりはありませんでしたが、営業担当の中山は「この技術は宇宙開発にも活かせるはずだ」と、宇宙に関する施設やイベントに足しげく通って技術力をアピール。その活動が実を結び、JAXAから分析依頼が届きました。
ロケットの噴射ユニットのX線CT撮影から燃料の化学分析まで幅広く対応
内容は、ロケットの噴射ユニットや、マイナス100度以下になる月面での温度調節を担うヒーター部分のX線CT撮影でした。島津製作所のX線CTシステム「inspeXio SMX」 を使ってさまざまなパターンの撮影条件を試し、他社では難しいとされていたスパッタ(溶接時に発生する金属の粒)の撮影に成功しました。
島津製作所のX線CTシステム「inspeXio SMX」
また、ロケットの燃料であるヒドラジンの分析では、運搬中に有毒ガスが発生したり爆発したりする危険性があったため、神奈川県にあるJAXAの研究施設から京都にある島津テクノリサーチのラボまで運び出すことができませんでした。そのため中山は、周辺のラボでドラフトチャンバー(局所排気装置)を借り、自分で前処理を行ったと言います。「怖い気持ちもありましたが、ロケットを飛ばすための燃料が目の前にあるという興奮が先に立ちました」と笑って振り返ります。
営業と技術 二足のわらじを履きこなす
「私のモットーは、お客様のチームの一員になったつもりで分析し成果を出すことです」と話します。過去には、耐久試験中の物質の変化が見たいと言われたことをきっかけに、X線CT内部に設置できる小型の試験機を開発したこともありました。
装置内部に設置されている試験機が、中山が開発した「DinamiCT」。分析対象に負荷をかけたり傾けたりしながらX線CT撮影ができる
中山はその活動の幅広さから、営業から技術へと異動。現在は「お客様のやりたいことや知りたいことに対応するべく、弊社の既存の技術に新しい技術を網の目のように連携させ、不可能を可能にしていくことにやりがいを感じている」と言います。
「分析依頼に来られるお客様は、常に悩んでいます。受託分析というと受け身に思われがちですが、この仕事の面白さは、一緒に悩んで、提案して、解決するまで走り続けることにあると思います。今回のJAXAのプロジェクトは、まさにそんな仕事の連続でした。だからこそ、打ち上げの瞬間は思わずプロジェクトの一員になったような緊張感をもって見ていましたし、成功したときは達成感でいっぱいになりました。JAXAから感謝状をいただきましたが、私のほうが家族に誇れる仕事ができたことに感謝の気持ちでいっぱいです」。
JAXAの感謝状には、SLIMプロジェクトのメンバーのみが使用するワッペンが貼付されている