新生児の未来を支える技術
先天性代謝異常症の早期発見に貢献する新たな手法を開発
島津製作所は、人々の健康や安全な暮らしへの貢献を目指し日々様々な研究開発に取り組んでいます。今回は先天性代謝異常症の新生児マススクリーニング検査における新たな進歩についてご紹介します。
先天性代謝異常症とは
先天性代謝異常症とは、体に必要なさまざまな酵素が作られなかったり、不足したりすることで起きる遺伝性の病気の総称です。生まれてすぐは症状がなくても、治療を受けずにいると発症し、脳や身体の発達を阻害します。
適切な治療を受け食事に気を配ることで、発症せずに暮らすことが可能です。新生児マススクリーニング検査により、病気の可能性があるかをなるべく早期に発見し発症を防ぐことが、赤ちゃんの健康な未来を守ることにつながります。
血液から病気の可能性を確認するタンデムマス法
先天性代謝異常症を発見する検査手法を「タンデムマス法」と呼びます。ここでいうタンデムマスとは、質量分析計(MS/MS)を指します。質量分析計とは、測定対象の物質をイオン化し得られた質量情報から「どのような物質」が「どのくらい含まれているか」分析する装置です。
この検査では赤ちゃんが生まれてから1週間以内に採取した血液を分析し、測定したい物質のイオン量から病気由来の物質が血液中に含まれているか、その量まで確認します。検査結果から、代謝異常症の可能性を確認できます。1990年代にアメリカで開発され、2000年以降、欧米やアジアを中心に新生児マススクリーニングの技術として普及してきました。
当社は島根大学医学部小児科の山口清次客員教授との共同研究により、さらに早く簡単に検査できるシステムを開発してきました。タンデム型質量分析計を用いて同時に20種類以上の病気である可能性を確認できます。日本国内では、ほぼ100%の赤ちゃんがこのタンデムマス法で新生児マススクリーニング検査を受けています。
血液から病気の因子を測定し、質量分析装置を使って検査を行う
長年の課題「偽陽性」
検査が普及する中で、「イソ吉草酸血症」の偽陽性が長年課題となっていました。イソ吉草酸血症は嘔吐や意識障害・運動機能障害を引き起こすため、早期の発見が大切です。
この疾患を発見するために、血液中の「イソバレリルカルニチン(i-C5)」の量を測定します。しかし、お母さんもしくは赤ちゃんが何らかの理由で抗菌薬を内服していた場合、確認したいイソバリレルカルニチンと同じ質量のピバロイルカルニチン(p-C5)が血液中に増えます。タンデムマス法では同じ質量の物質を見分けることが難しく、健康な赤ちゃんを抗菌薬由来のピバロイルカルニチンのために陽性(=偽陽性)と判断しかねません。
陽性結果が出た場合、追加検査が必要になります。これは赤ちゃんへの身体的負担になり、結果が分かるまでの間、家族の心理的負担にもなります。偽陽性を防ぐ手法の開発が、赤ちゃんと家族のためにも求められていました。
1ステップで偽陽性を見分けることが可能に
長年の課題とされていた偽陽性について、私たちは島根大学医学部付属病院検査部の小林弘典講師との共同研究で、偽陽性を防ぐ新たな手法を開発 しました。
タンデムマス法では、イオン化させた物質を分解させ質量を測定しますが、病気由来のイソバレリルカルニチンと抗菌薬由来のピバロイルカルニチンでは、分解のしやすさに差があることが分かりました。この特性を生かし、分解したイオンの比を見ることで両者を見分けることが出来るようになり、偽陽性を防げるようになりました。(本手法について特許出願中)この手法は、現在の検査方法に1項目測定するイオンを追加するだけで運用が可能です。すでに検査を行っている病院・検査施設でも簡単に変更でき、検査時間も変わりません。
当社の質量分析計は新生児マススクリーニング以外にも幅広い分野で活用されており、イオンの比を確認するこの手法も、元々は食品中の残留農薬検査などで利用されていました。今回、新生児マススクリーニング検査に応用されることで、偽陽性を防ぐ新たな手法の発見につながりました。
新生児マススクリーニング検査に用いられるタンデム型質量分析計
SDGs「すべての人に健康と福祉を」が達成される未来を目指して
現在、この新たな手法は全国の病院・検査施設へ順次導入されており、より信頼性の高い検査の実現に貢献しています。日本ではほぼ100%の赤ちゃんが受ける新生児マススクリーニング検査ですが、世界では、検査率がまだ低い地域や検査が未導入の地域もあります。当社は日本だけでなく、世界各国でより正確な検査を実施できるようサポートしていきます。この取り組みは、持続可能な開発目標(SDGs)の第3の目標である「すべての人に健康と福祉を」の達成につながります。
また、近年今までになかった治療法の開発に伴い、新たに検査対象候補となる病気も挙がっています。私たちは今後も様々な病気の検査技術を研究してまいります。
持続可能な開発目標(SDGs)の達成へ貢献
新生児マススクリーニング検査の開発担当者から
当社の新生児マススクリーニング研究開発を担当する分析計測事業部 ライフサイエンス事業統括部 MSビジネスユニットの服部考成は、自社技術について次のように語っています。
ご紹介したイオン比を見る手法は、質量分析の世界では目新しい技術ではありませんが、我々だけでは新生児マススクリーニング検査での有用性を見出せなかったと思います。島根大学様との共同研究を通し、偽陽性の問題を知り、この手法が応用できるのではないかという考えに至りました。この経験から、異なる分野の先生方と一緒に研究開発することの大切さを認識しました。また、イソ吉草酸血症は日本人研究者が世界で初めて報告した有機酸代謝異常症です。日本との関わりが深い日本発の本手法が近い将来、世界中に広まることを夢見ています。
共同研究を行った(左から)島根大学 松井美樹医科医員、小林弘典先生、大國翼臨床検査技師
島津製作所 MSビジネスユニット 服部考成、Solutions COE 飯田哲生
参考文献
Webサイト | : | 一般社団法人 日本マススクリーニング学会 - Japanese Society for Neonatal Screening - (jsms.gr.jp) |
書籍 | : | 「分子をはかる がん検診から宇宙探査まで」藤井敏博 2022年文藝春秋 |