世界初の遠隔操作方式X線透視診断装置誕生から60年
医療分野における島津のX線の歴史

島津製作所が遠隔操作方式X線透視診断装置を開発して60年

2021年は、島津製作所が世界で初めて遠隔操作方式X線透視診断装置を開発してから60周年の節目を迎える年です。当社は1961年に同装置を世の中に送り出しました。

145年以上にわたる当社の歴史の中でも、X線は特に重要な意義を持ちます。遠隔操作方式X線透視診断装置、そして医療分野におけるX線の歴史を紐解いていきます。

 

X線透視診断装置とは

「X線透視診断装置」は、患者さんの体に照射したX線によって体内の様子を映し出す画像診断装置です。透視像をリアルタイムに確認することができ、当社では「X線TVシステム」と呼んでいます。胃や小腸といった消化器や胸部の検診をはじめ、泌尿領域や整形領域などの幅広い検査に対応します。

X線TVシステム「SONIALVISION G4 LX edition」

多目的なX線TVシステム「SONIALVISION G4 LX edition」

当社は100ヶ国を超える医療機関にX線TVシステムを累計で1万台以上納入しています。

医療従事者の被ばく低減に大きく貢献した遠隔操作方式装置の開発

当社が世界初の遠隔操作方式X線透視診断装置を誕生させたのは1961年のことです。松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)と大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)と協力して開発しました。放射線技師が別室で装置を操作する遠隔操作方式の実現によって、医療従事者の被ばくは基本的にゼロになりました。

大阪府立成人病センターに納入した初の遠隔操作方式X線透視診断装置

世界初の遠隔操作方式X線透視診断装置

透視検査の世界において、この技術は画期的なもので、装置を操作する術者が患者さんと同室で直接X線を照射する「近接操作方式」の課題を解決し、現在は世界に広く普及しています。

国産初の医療用X線装置を開発した島津製作所

ドイツのレントゲン博士は1895年にX線を発見しました。そのわずか11ヵ月後、1896年10月10日に二代島津源蔵らの研究チームはX線の撮影を成功させます。京都の第三高等学校(現・京都大学)の村岡範為馳教授が島津製作所を実験場に選び、二代島津源蔵が改良した起電機が実験の成功を導きました。

二代島津源蔵が撮影した初期のX線写真

初期のX線写真

国内で撮影に成功した研究者は他にもいましたが、実用化を目指したのは源蔵だけでした。1897年には教育用X線装置を完成させ、1909年には国産第1号となる医療用X線装置を世の中に送り出し、日本における医療用X線装置のパイオニアとして歩み初めます。

医療用X線技術の広がり 島津源蔵の信念

源蔵は「人々の役に立たなければ意味がない」との考えから、1927年には放射線技師の養成学校「島津レントゲン技術講習所」(現・京都医療科学大学)を設立し、自ら校長として「技術だけでなく患者さんの心のケアもできる技術者になれ」と説いていました。

また、1918年頃に製造されていた医療用X線装置「ニューオーロラ号」は長きにわたって医療現場に貢献し、中には50年以上現役で使われる装置もありました。

1918年から1936年頃まで製造していた汎用医療用X線装置「ダイアナ号」は、独立行政法人国立科学博物館が選定する2018年度の「重要科学技術史資料(愛称:未来技術遺産)」にも登録されています。

1921年頃のX線撮影の様子

1921年頃のX線撮影の様子

未来技術遺産になった汎用医療用X線装置「ダイアナ号」

当時の市場に受け入れられた「ダイアナ号」

その後も、画質の向上や被ばく低減、術者の負担軽減など、先端技術と高品質を追求し続けています。

 

島津製作所の遠隔操作方式X線透視診断装置年表

X線TVシステムのマーケティング担当者から

「開発当時、戦後の復興も軌道に乗り、高度経済成長政策が推進される中で、『胃がんの早期発見・早期治療』への注目が高まっていました。『一人でも多くの受診者の胃がん健診を実施したいが、従来の方式では術者被ばくが限界に来ている』という課題を克服するために、この遠隔操作方式のX線透視診断装置が生まれました。」

「現在は『医療被ばくガイドライン』や『診断参考レベル』が制定されるなど『被ばく低減』への関心が高まり、私たちX線機器メーカーだけでなく、医療従事者の方々も低線量化やX線防護対策を推進されています。」

「今後はさらなる被ばく低減への挑戦に加え、AIを使った自動化や省力化、データ処理速度の向上を目指し、X線透視診断装置のいっそうの発展を目指したいと思います。」

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