使用事例
感染症専門医偏在化解消に向けた
第一歩
名古屋大学附属病院 中央感染制御部
助教 井口光孝先生
回答者としてご使用
名古屋大学医学部附属病院(以下、「名古屋大学」)は、2018年から島津製作所との共同研究を通じて、感染症マネジメント支援システムの開発と実証実験を行っています。中央感染制御部に所属されている井口光孝先生は、本システム実証実験に回答者としてご参加され、中小病院に所属する18名の主治医・ASTのコンサルテーションをご担当されました。今回は、感染症専門医が抱える課題や実証実験を通じてのシステムのご感想についてお話を伺いました。
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先生の普段の業務について教えてください。
総合内科医として臨床に8年ほど携わった後、名古屋大学に戻ってきて感染症を専門に研究・診療している形になりますね。現在は大学以外でも、他外勤先で内科診療を続けながら、他の診療科からの感染症診療の相談に乗っています。
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名古屋大学と島津製作所の共同研究を通じて、感染症マネジメント支援システムを開発しましたが、取組の経緯を教えていただけますでしょうか。
まず、名古屋大学と島津製作所で医療現場のニーズを研究や商品開発に繋げる「ニーズ探索型共同研究」という取組から始まりました。病院の中には感染症に限らずあらゆる診療科や医療職種で課題を抱えているのですが、いろんな診療科をメンバーが細かく現場観察し、みなさまの悩みを聞き取り調査しています。その中で技術を使って改良・改善点が出るんじゃないかっていうテーマの候補をいくつか出した中に、整形外科の先生が、感染症診療で困っているという話をされていた。その後、中央感染制御部がインタビューを受けるうちに、感染症診療をAIに置き換えられたらというアイデアがでてきたのがきっかけです。最初から感染症がテーマとして決まってはいなかったのです。
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主治医側の先生からの意見がきっかけとのことですが、感染症専門医のお立場でも日々困っていることはあるのでしょうか。
大学病院では感染症科に主治医や病床を持たない施設もあるのですが、ある程度の規模以下の一般病院になると、感染症専門医も臨床医として外来や当直を行っています。日本感染症学会によると、日本の病院勤務の感染症専門医の適正人数は3,000~4,000人程度とされているのですが、現在は1,807名(2024年8月1日現在)で適正数に満たない状況なんです。例えば、約2,500施設が感染対策向上加算1・2を届出しているのですが(島津製作所調べ)、各施設に感染症専門医が1人配置されたとしても、不在の病院が多数となってしまいますよね。また、専門医がいたとしても全ての院内業務を1人で回すことは困難ですので、外からサポートできる仕組みが必要になってくる。感染症専門となると2~3人と複数を雇うことは病院経営的にもゆとりがないんです。例えば、関連病院施設をいくつかもっているような系列病院とかであれば、オンラインで少し離れたところからサポートができる仕組みがあれば、グループ全体で複数人雇用できる可能性も見えてくる。
また、外勤先で相談を受けることもあるのですが、それはそれで情報収集に時間がかかるのが個人的な悩みですね。長期入院の方だとカルテ見るだけでやっぱり一時間半くらいかかるんです。情報量はもちろんですが、カルテシステムは病院ごとにカスタマイズされていることが多いので、ボタンの配置が全然違うからスムーズに情報を収集できないんです。検査結果はどこに格納されているの?熱型表やバイタルサインはどこから見るの?と迷うんですよ。病院Aではクリックすると画面遷移したのに、病院Bでは遷移しないなど、本当にいろんなことがあるんです。
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実証実験で感染症マネジメント支援システムをお使いになっていただきましたが、先生の課題解決に貢献できたのでしょうか。
非常勤先で相談依頼を受ける場合は、カルテから必要な情報を抜き出して主治医に確認を取りながら自分でまとめないといけないのですが、依頼時点で相談者の先生方がカルテ情報をまとめて下さっている。さらに、システムが簡単に操作できて、必要な情報が一画面にまとまって記載されているので情報を探す時間がかからない。結果、システムを開いて、その内容を読むだけで、回答の検討に入ることができるんです。自分が判断する時に、細かい部分欲しい情報も出てくるかもしれないけれど、大体の情報がまとまっていれば非常に早いんですよね。病院に出向いて、データを収集して私が実際この答えを書くのにかかる時間を考えると、圧倒的にこのシステムを使った方が回答を早く返せているので、治療に早く反映できていると感じています。
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一方で、感染症マネジメント支援システムで課題に感じたことはありますか。
やはり、相談者のみなさまが回答者に正確に情報を伝えるために情報をまとめる作業が大変だと思うんですよ。病院によっては、セキュリティの観点で電子カルテシステムが入っているPCはUSBポートが使えないこともあり、患者情報を簡単に引き出せないのです。テキストをQRコードに変換するアプリを入れてもらう方法もあるのですが、システム部門から許可が下りにくい施設だとそれもダメになる。結局もう一回カルテと同じ情報を手打ちしないといけなくなるので、私たちからしてみれば心苦しいところです。
主治医が見落としているところに所見があったりするので、送っていただいた情報や画像以外の情報も確認したい気持ちはありますが、感染症専門医がある程度考えるのに必要な情報は詰まっていて確認はできる形になっています。また、回答を検討するために必要な情報に漏れがあっても、システムの追加質問機能によって専門医が必要とする項目の追加が行われると、情報が補填されますしね。
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相談者側のご負担軽減のために、入力については改善の余地がまだまだありそうですね。オプションで搭載可能な電子カルテ連携機能に加えて、入力サポート機能の充実も今後検討していきたいと思います。
最後に、実証実験で対応いただいた相談者側の先生からも「これまで苦手としていた抗菌薬の選択なども、自分の中では考え方が体系化され、感染症をシステマチックに診療できるようになりました」という感想を伺っています。この点について回答者側の井口先生はどうお感じになりましたか。相談やりとりを始めた最初の頃と比較すると、本当に主治医との情報交換がスムーズになっているんです。実際にメッセージをやり取りする回数も減っています。それは決して悪いっていうことではなく、感染症診療理想的な状況だと思います。主治医の中で検討した結果に対して後押しするだけの役割に変わってきている。内容が完璧で、もはや「いいと思います」くらいしか書くことが無くなりました。
このシステムの良いところは、使い続けている内に感染症に対する苦手意識が無くなり、スキルアップにつながるところだと感じています。自分が回答するときは、自分の思考のプロセスを記載するようにしているので、結論だけではなく感染症専門医の考えを振り返ために活用していただきたいですね。
システムを通じて感染症専門医とやりとりすることで、自然と相談者の中に専門医の思考パターンが身につく効果があったということですね。全国の医療施設にお使いいただくことで自然と院院内で感染症診療の困り事が解決できるようになり、感染症専門医偏在化解決の一助となりそうです。今回は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。