食品の品質・安全を分析技術で追求する

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近年、島津製作所は先進的な技術を有する大学や研究機関、民間企業との共同研究や共同開発に力を入れている。その拠点となるのが「島津イノベーションセンター(SIC)」だ。2015年の中国を皮切りに、シンガポール、米国、欧州に設立した。顧客や研究機関との共同研究をそれぞれの地域の特性に応じて推進することで、社会課題を解決する応用技術の創出とアプリケーションの開発を加速させるのが目的だ。食品、ヘルスケア、複合材料、イメージング技術などの分野で、大学・研究機関と共に新しい製品や応用技術の開発に取り組んでいる欧州イノベーションセンター(EIC)の食品の品質向上に関するプロジェクトを紹介する。

ウィーン

「音楽の都」、ウィーンのあるオーストリアで、そのウィーンに次ぐ人口第二の都市がグラーツだ。グラーツがあるシュタイアーマルク州の名産はかぼちゃ。その種からとれる良質なパンプキンシードオイルは土産物としても人気だ。一方、グラーツは欧州でも有数の大学都市であり、多くの大学生、研究者が居住している。その一つであるオーストリア・グラーツ工科大学(TU Graz)のErich Leitner教授は、食品化学における第一人者で、農産物や食品事業者と密接な関係を保ち、地元の食品ネットワークにおける重要な役割を担ってきた。

Leitner教授は10年以上にわたり、島津製作所のクロマトグラフと質量分析計を使用し、食品に関する研究を行っている。Leitner教授の主な研究活動は、食品のにおい物質や品質にかかわる成分分析で、教授にとっては、食品の香りを嗅ぐことと、その成分の分析データに目を凝らすことはどちらも同じくらい重要だ。

「物質のにおいから、その分子構造がわかるのです」とLeitner教授は言う。

人間の味覚・臭覚ではわからない
食品や食品包装材料に含まれる汚染物質

Leitner教授の関心は、食品の包装にも及ぶ。食品会社は最良の風味を得るために、自社の製品が正しい化学的組成を有するよう製品開発と品質管理に莫大な時間とコストを費やしている。しかし、食品包装が適切でなければそうした努力はすべて水泡に帰する可能性がある。パスタの入った紙箱、砂糖のビニール包装、チョコレートのアルミ包装。すべての食品の品質は、接触する「包装材」から漏れ出る分子の影響を受けるという。たとえ漏れ出る量がごくわずかでも、数ヶ月から数年にわたって保存されれば、影響は無視できないレベルに発展する。品質管理は思った以上に難しい問題なのだ。

味覚や嗅覚は非常に優れたセンサーだ。多くの場合、食品に異変があれば、口元に運んでいった時点で気づくことができる。だが、なかには感知できない汚染もある。ミネラルオイル飽和炭化水素類(MOSH)やミネラルオイル芳香族炭化水素類(MOAH)はその代表例だ。MOSHは体内に蓄積することが知られており、MOAHは発がん性物質との関連が指摘されている。(2018年 Weber他)

MOSH/MOAH専用分析システムとErich Leitner教授
MOSH/MOAH専用分析システムとErich Leitner教授

欧州委員会では、近年「食品および食品包装材に許容されるMOSHとMOAHの含有量について、厳格な規制値を設定すべき」という議論がなされてきたという。MOSH/MOAHによる生体への危険性が指摘されてきたにも関わらず、これまで規制値が策定されていなかったのは、これらの物質の標準的な検出方法が定まっていなかったことも理由の一つだ。標準的な検出方法が構築できれば、製造のどの段階で汚染が発生したのか特定することが可能になり、食品の安全性向上への大きな一歩になるとLeitner教授は言う。

「原料から最終製品まで食品の製造過程のいたるところで、MOSH/MOAHが混入する可能性があります。製造のプロセスが増えれば増えるほど汚染のリスクが高くなるのです」

MOSH/MOAH分析を可能にする専用システムの開発

Leitner教授と欧州イノベーションセンター (EIC)は共同で、食品や食品梱包材に含まれるMOSHおよびMOAHを簡便かつ高感度で検出する再現性の高い手法「MOSH/MOAH専用分析システム(LC-GC オンライン分析システム)」の開発に取り組んでいる。教授のラボには、島津の高性能なハードウェアがならび、教授の知識や経験に基づく、最適なサンプル前処理手法や分析手法のノウハウが存分に活かせる環境が整っている。

成果は上々で、かつては少量のサンプルテストに2日かかることもあったが、この専用システムを使うことで1日50サンプルをテストできるまでになっている。飛躍的な進歩だ。パスタや小麦粉など、日々大量の食品が生産される品質管理ラボにこの手法が導入され、ルーティン分析が可能になれば、食品の品質・安全の向上に大いに貢献することは間違いない。

TU Graz

真のパートナーシップとは

Leitner教授は、初めて島津の装置の導入を検討したときのことが、いまも忘れられないという。

「島津は研究に必要な装置を貸し出しただけでなく、現場に2人のエンジニアを派遣して、分析結果が得られるまで装置の調整などのサポートを続けてくれました」

その姿勢に、島津はパートナーになりうる存在だと感じたという。

それからLeitner教授と島津との関係はスタートした。今回のプロジェクトもどちらから持ち掛けるともなく、これまでの信頼関係のなかから自然に始まったという。そして、両者のパートナーシップはいまなお強まりつづけている。

「高性能な装置さえ購入すれば、誰でも高精度な分析測定ができると思われがちですが、求める分析結果を得ることができるようになるまでには、現場サポートも不可欠なのです」

TU Grazで様々な食品の分析に携わっているLeitner教授は、オーストリアの地元の農産品・ワインについての造詣も深く、食品の品質にとことんこだわりを見せる。EICとの取り組みは、Leitner教授のライフワークでもある「食の品質」への探求心を今後も刺激し続けるだろう。

参考文献

  • Weber, S., Schrag, K., Mildau, G., Kuballa, T., Walch, S. G. and Lachenmeier, D. W. (2018). Analytical Methods for the Determination of Mineral Oil Saturated Hydrocarbons (MOSH) and Mineral Oil Aromatic Hydrocarbons (MOAH)-A Short Review. Anal Chem Insights 13, 1177390118777757.
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株式会社 島津製作所 コミュニケーション誌