VOL.55 表紙ストーリー

想像してみてください。滅多に出回らない評判のジャムを手に入れました。心躍らせて瓶を覗くと家族の誰かが食べたのか、残りは1/3ほど。このとき、あなたはどう考えますか。「あと1/3しかない」。それとも「まだ1/3ある」。
没後100年を迎える印象派の巨匠クロード・モネ。名画『睡蓮の庭』の舞台は、40代となったモネ自ら造園した庭園でした。そこには果物や野菜があふれ、新鮮な食材へのこだわり「庭から食卓へ」の情熱が見てとれます。
情熱は、ときに気性の激しさとなりました。食事の準備の遅れやアスパラガスの硬さなど些細なことに立腹する起伏の激しさが伝えられています。そんなモネなら「残ったジャム」への印象も日々変化したかもしれません。
心理学者でノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは著書『ファスト&スロー』(2011)で、人間の意思決定がどのように行われるかのメカニズムを体系化しています。意思は直感的・感情的な印象「速いシステム」と、論理的・努力を要する「遅いシステム」が絡み合って作られる「フレーム」で判断されます。そこには立場や文化的背景、周囲の目、疲労やストレスによる心身の状態。ネガティブ、ポジティブなど思考のクセも影響を与えます。
モネの自身の作品への思い入れの強さを伝えるエピソードがあります。個展の開催が迫ったある日、完成間近の大作30枚ほどを「光の捉え方がまだ完璧じゃない」とパレットナイフで切り裂き、個展を延期させたという逸話。絵の題材にしていたポプラ並木が制作途中で木材業者に伐採されると聞き、木材の競売で自ら競り落とし完璧な光が見つかるまで伐採をストップさせたというもの。展示中の自作に納得の行かない点を見つけ、美術館に忍び込んで作品に筆を入れ手直しをしたというエピソード。
しかし、美術館に忍び込んで……という記述は見つからず、後世に作られたフィクションだといわれています。
「モネ=巨匠・完璧主義者」のフレームが、偽の逸話をまことしやかに吹聴させたのです。カーネマンは「人は信じたいことに合う情報を結びつけがちで、裏付けとなる情報を積極的に探すもの」と指摘しています。そして、「自分の最初の印象や提示されたフレームを疑い、反対の証拠を無視しない」ように、別のフレームで検証する姿勢が真偽を見定めるカギだと示唆しています。
現実を歪める原因ともなるフレームですが、使い方次第で現実をよりよく理解するための道具となります。フレームを広げたり適切なフレームを選ぶことで、これまで見えなかった価値や本質の発見につながり、バイアスや誤った印象、偽りの真実を見極めるツールとなるのです。


