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広島大学・広島大学病院 岡田守人 教授

究極のエビデンス

究極のエビデンス01

患者さんにとって最良の医療とは何か。つねにそう自身に問い続けて、
医療に革新をもたらしてきた外科医の思いを聞いた。

体に負担の少ないがん手術とは

がんの治療法の3本柱は、外科的手術療法、放射線治療、薬物による化学療法。近年、科学技術の進歩によって、放射線治療と化学療法が飛躍的な進歩を遂げているが、今でも主体は、がん化した部分を切り取ってしまう外科的手術療法である。
「以前は、がんを治すためなら大きい皮膚切開と多くの肺実質切除をしても構わないという空気が、医師にも患者さんにもありました。しかし今はそうではありません。臓器の機能はできるだけ温存し、切開する傷も小さく。それでいて完治を目指す。いかに低侵襲の手術を行うかが求められており、手術自体もどんどん進化しています」
と話すのは、広島大学および大学院の腫瘍外科教授で、大学病院で臨床も務める岡田守人医師。専門は呼吸器外科で、日本人のがん患者がもっと多い肺がんの手術で、「ハイブリッドVATS」と呼ばれる独自の手術手法を開発し、年間200例を超える手術を手掛けている。
VATSとは胸腔鏡下手術のこと。通常のVATSは、胸部に1センチほどの小さな穴を数カ所開け、そこから胸部用の内視鏡を挿入、モニターで患部を見ながら、別に開けた3センチほどの穴から手術器具を挿入し手術する。開胸手術に比べて皮膚の切開が少なく、肋骨を切断することもないので、術後1週間足らずで日常生活に復帰できるため、手術例も増えている。

自分だったらどうしてもらいたいか

これに対して、岡田教授が開発したハイブリッドVATSは、目視も組み合わせて患部を確認する手法だ。手術器具を挿入する穴をやや大きめ(4センチ程度)に開け、モニターだけに頼らず、自分の目で患部を確認する。手で触ったり、切除後に気管支を形成するといった難しい術式にも対応できる。
「患者さんのQOLを考えれば、手術のための傷を小さくするのは当然の方向です。しかし、目視や触診をしなかったことで、もし1パーセントでも不十分さを残す治療になってしまったら本末転倒です。私が患者だったら、取り残しのがんがないか目で見てほしいし、患部を触ってみてほしいと思う。その上で『できる限りのことをしました』と言われるのだったら、治療の結果に納得できると思うのです」(岡田教授)
目で見て触って確認できれば、がんを取り残す可能性は、カメラだけの場合よりもはるかに下げられる。開胸手術と胸腔鏡下手術のいいところを組み合わせたこの術式によって縮小手術を行うことは、低侵襲と肺の機能温存を両立させるものとして教科書も発行され、開発者への敬意から通称OKADA VATSと呼ばれるほど世界的に高い評価を受けている。

診断時に悪性度を把握したい

岡田教授は腫瘍外科のトップとして、肺がんだけでなく、乳がん、食道がんなど胸部のがんの診察や治療方針の策定にも携わる。いずれのがんの診断時も、もっとも重視しているのが、がんの悪性度を正しく把握することだ。小さながんであっても、悪性度が高く周囲の組織への浸潤が進んでいたり、転移の恐れがある場合は、手術時に患部を大きめに切除し、リンパ節も多めに取るという判断をする。
そこで拠り所としているのがPET検査(ポジトロン・エミッション・トモグラフィー)だ。通常CTなどの画像診断は組織の形状からがんの有無やその大きさを判断するのに対して、PET検査はがんにブドウ糖が集積しやすい性質を利用して、その細胞の機能も可視化する。がんの悪性度が違えば、細胞の代謝活動も異なるので、がんの場所、大きさとともに、悪性度の予測ができる。
「その後の患者さんの暮らしを考えればできるだけ正常な組織を温存してあげたい。しかし、取るべきものはしっかり取らなければいけない。アクセルとブレーキのバランスをとるうえで、PET検査は不可欠な基準となるのです」
そんななか、14年9 月に島津製作所が発売した乳房専用PET装置Elmammo(エルマンモ)に可能性を感じた岡田教授は、長年共同研究を行っている中電病院との連携を強化し、乳がんをより専門的に評価した最先端のデータを世に発信する方針を決めた。通常のPETは、直径1メートルほどの大きなリング状の検出器に全身を通してがんを捉えるのに対し、Elmammoは直径20センチ程度で、そこに乳房を挿入することで、検出器に乳房を近接させることができる。全身用PETに比べ、高解像度の画像で乳房部分を診ることができるため、悪性度の診断精度を大きく高められると教授は期待する。
「がん細胞の悪性度や正常組織との境界を見極めるには、現在は手術で切り取った組織を病理医が顕微鏡などで見て判断しなければなりません。もし、高精細なPET画像によって、悪性度のより正確な判断目安ができれば画期的なことです」

究極のエビデンス02

中電病院で稼働している装置と同型の島津製作所の乳房専用PET装置「Elmammo」。広島大学腫瘍外科では、長年共同研究を行っている中電病院と乳がんに特化した連携で、迅速な画像診断環境を実現している。

医療の未来を開く勇気

自ら手術の手法を開発したことからもうかがえるように、教授は、新たな技術を自身の医療に導入することに躊躇がない。
「エビデンス(臨床結果)や学会の作るガイドラインは、結局過去のデータに過ぎません。本当に患者さんのためを思えば、多少エビデンスからずれていたとしても、最先端の知見をどんどん取り込んでいくべきです。信念をもって患者さんに提案し、それに患者さんが納得してくだされば、なんの問題もないはずです。むしろそうして得られた臨床結果こそ、究極のエビデンスになるのではないでしょうか。『完成は永遠の未完成』。常に上を向いていたいのです」 前例にとらわれない勇気と情熱が、医療の未来を切り開いていく。

広島大学病院

1877年の公立広島病院開院以来、統廃合などを繰り返し、2003年に現在の体系となる。特定機能病院、がん診療連携拠点病院、高度救命救急センターに指定されており、広島県における高度先進医療を担う医療機関の一つとして、地域医療における中心的な役割を担っている。

http://www.hiroshima-u.ac.jp/hosp/

岡田 守人

広島大学原爆放射線医科学研究所・腫瘍外科
広島大学大学院医歯薬学総合研究科・腫瘍外科
広島大学病院・呼吸器外科/乳腺外科/消化器外科
教授

岡田 守人(おかだ もりひと)

1995年神戸大学大学院医学系研究科(循環呼吸器外科)修了。医学博士。米国コロンビア大学(胸部心臓外科)研究員、兵庫県立がんセンター呼吸器外科医長、同外科長を経て、2007年より現職。環境省中央環境審議会専門委員。