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神戸大学

バイオマス革命の足音

バイオコンビナートを作る

資源・エネルギー問題や環境問題の克服に向けて、期待されるバイオマス(生物資源)。
その実用化に向けた歩みが、分析装置という武器を手に入れて、一気に加速しようとしている。

バイオコンビナートを作る

「何十もの工程が必要な医薬品の製造も、うまくデザインされた生物であれば、効率よく一気に作り上げることができる。そんな変換は、従来の化学合成にはとてもまねできません。バイオプロダクションだけが夢見ることができる未来です」
神戸大学大学院工学研究科教授で統合バイオリファイナリーセンター長を務める近藤昭彦教授の言葉には熱がこもる。
バイオリファイナリーとは、動植物から生まれたバイオマスを原料に、化石燃料に替わる次世代燃料や、プラスチック、繊維、ファインケミカルなどを製造する技術。バイオリファイナリー研究は、世界中で競われているが、同センターはそこから一歩進んで、製造工程を確立させることを目標に据えている。バイオプロダクションを「製造」するための微生物が働く大規模なプラントを作り、現在石油化学コンビナートが担っている役割の多くを「バイオコンビナート」に転換する「グリーン・イノベーション」を起こし、低炭素社会を実現しようという壮大な構想だ。

デザインされた細胞工場

そのためには、まず、「微生物そのものを生産性の高い『工場』としてデザインすることが必要」と近藤教授はいう。
何千年にもわたって、人間は細菌や酵母など微生物の力を使ってさまざまな食品や酒、薬、工業製品を作り出してきた。微生物のもつ不思議な力を偶然発見した先人達は、優れた微生物を選び出し、育てては選別するという品種改良を繰り返し、より高品質で効率の良いものを作り出してきた。
20世紀後半になってくると、その不思議な力の正体が徐々に明らかになってきた。細胞内で遺伝子によって作られたタンパク質や代謝物が複雑なネットワークを築き、周囲にある無機物や有機化合物を素材にして、合成や化学反応を行う。代謝と名付けられたその反応は、生物にとって生命活動そのものだ。
仕組みが徐々に明らかになるにつれ、遺伝子を操作して、もっと積極的に代謝を利用しようという動きも現われた。例えば、ある代謝物を作るのは非常に得意だが、熱に弱い微生物がいたとする。その代謝物を作るのに必要な遺伝子を特定し、それを熱に強い微生物に移植する。そうすれば、熱に強くてかつ有用な代謝産物を作る生物を作り出すことができる。

高感度分析という武器

とはいえ、タンパク質の種類は膨大で、しかも代謝物の多くはドミノ連鎖のように複数のタンパク質やその生産物の関与を受けて作られるので、そのネットワークを描くのは一筋縄ではいかない。
「バイオプロダクションを産業として成立させるためには、求める機能をもつ微生物をいかに早く作り出すかにかかっています。そのためには、従来のように『やってみないとわからないよね』ではなく、しっかりと仮説を立てて、設計して、検証するという合理的なプロセスが必要なのです」(近藤教授)
そこで大きな武器となるのが分析技術だと近藤教授は強調する。すでに多くの研究成果から、どんな遺伝子によってどんなタンパク質が、あるいはどんな代謝産物が作られているかのデータベースは整いつつある。それらの「パーツ」をコンピュータ上で組み合わせることで、新たな有用微生物を「設計」する。設計とは、人工的にゴールを目指して作るものであるため、本来なら設計通りにいくはずなのだが、100パーセント人工物である機械とは違い、未知の部分を多く残す生物では、なかなかその通りにはいかない。そこでまたスタートに戻るのではなく、微生物の細胞をまるごと分析し、細胞のなかで何が起こっていて、どこが阻害されていたかなど、設計図とは違う「何か」を分析装置で見つける。そしてその解析結果を設計にフィードバックして、新たなパーツを組み合わせることで微生物をより合理的に変換できるようになり、「スーパー微生物」の完成につなげている。
「近年、分析技術の進歩と分析装置の分解能や感度の飛躍的な向上により、ごく微量の代謝物をも迅速に捉えることができるようになりました。これは研究に大きな影響を与えています。細胞のなかの代謝を網羅的かつ定量的に測定できるようになったことで、細胞を意のままにデザインするという手法が一気に現実化しようとしています」(神戸大学自然科学系先端融合研究環重点研究部兼JSTさきがけ研究員蓮沼誠久准教授)

すべてのプロセスにイノベーションを

研究室では、島津の高速液体クロマトグラフやガスクロマトグラフ質量分析計、ガスクロマトグラフが数十台稼働し、分析データを吐き出し続けており、すでにいくつもの有望なスーパー微生物が生まれている。なかでも、農業残渣のひとつ、サトウキビの搾りかすに含まれるセルロースを材料に、世界最高レベルの濃度となる5~6%のエタノールを作り出したことは、エネルギー業界に大きなインパクトを与えた。
「蒸留するなら、濃度なんて気にしなくてもいいんじゃないかと思われるかもしれませんが、環境負荷の少ない再生可能エネルギーを作ろうとしているのに、その過程で大量の石油エネルギーを使ってしまったら本末転倒です。そのためにもきわめて変換効率の良い微生物をデザインしなければならないのです」(近藤教授)
もちろん、優れた微生物ができたとしても、それはまだスタートに過ぎない。大量生産可能な大型プラントで、研究室と同じ反応を安定的に起こさせるためには、緻密な計算に基づいて建設する必要がある。また、より二酸化炭素の吸収に優れ、エタノールの原料に適した植物のデザインも欠かせない。
「その意味で、私たちがやっているのは農林水産業でもあるし、工業でもあるし、医学でもあります。むしろそのすべてのプロセスをコントロールできて初めて『グリーン・イノベーション』は実現できるのです」(近藤教授)
持続可能な低炭素循環型社会に向けて、バイオマス革命の足音は着実に近づいている。

バイオコンビナートを作る02

研究室には、何十台もの島津製の高速液体クロマトグラフが並び、エタノールや糖、有機酸やアミノ酸、オリゴ糖などの分析が行われている。(写真:蓮沼誠久准教授)

ジェネラリストが先端医療を支える05

神戸大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 バイオ生産工学研究室 教授
工学博士

近藤昭彦(こんどう あきひこ)

1983年京都大学工学部化学工学科卒業、同大学院工学研究科化学工学専攻博士課程に学び、九州工業大学講師、同助教授を経て、95年神戸大学工学部助教授。2007年より現職。神戸大学統合バイオリファイナリーセンター長、理化学研究所バイオマス工学プログラム細胞生産研究チームリーダー、先端的低炭素化技術開発事業運営総括を兼任。合成生物学、システムズバイオロジー研究をベースにしたバイオマス資源からのバイオ燃料や化学原料、薬品の生産技術とその実用化に向けたプロセスの構築に力を注いでいる。