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財団法人化学物質評価研究機構 高分子技術センター

プラスチックな世界 - 高分子材料に安心を届ける

現代社会のあらゆる場所で使われるゴムやプラスチック。これら高分子材料の発展を、陰から支えてきた機関がある。
その活動の原動力は、高い技術とゆるがぬ強い意志だった。

厳しい審判

「ゴムやプラスチックはもともと液体や気体だったものを人間が短時間で無理矢理カタチにしたもの。 同じ高分子でも自然界で長い年月をかけて作られるうるしなどとは違い、劣化して当たり前なんです」
(財)化学物質評価研究機構高分子技術センターの大武義人センター長は率直だ。
同センターは高分子化合物の高精度な検査技術を持つことで知られ、国内外から絶大な信頼が寄せられている。 高分子化合物とは非常に多くの原子が結合してできたもので、分子量で1万以上、 ものによっては100万を超えるものもある(炭素原子ひとつの質量は12)。 ゴムやプラスチックは代表的な高分子化合物だ。
重大な事故が起こったとき、同センターの名前はしばしば新聞などに登場する。 事故を起こした装置や部品などとともに、原因究明の「特命」が持ち込まれるのだ。 ペットボトルの暴発にはじまり、自動車事故や新幹線の故障、 果ては宇宙ロケットが墜落した原因まで徹底した検査により特定してきた。
「当初はエンジンが爆発した、と言われていた事故も、その原因をたどっていくと、 燃料パイプにあったわずか数ミクロンの傷であったりします。 数ミクロンとはいえバカにはできません。そこに力や熱が集中し劣化が進みやすい。 その傷が製造中にできた傷なのか、保管中に生じた傷なのか、 それとも経年劣化によるものなのか、厳正に判断して提示するのが僕らの仕事です」(大武センター長)
結果が関係者の当初の予想と異なっていたために、 検査書類をはさんで企業の担当者らと衝突したこともあるという。 しかし、大武氏の歯に衣着せない物言いが、的確な再発防止策につながったことは疑いようもない事実だ。 日本製品の信頼性を支える厳しくも温かい審判である。

厳しい審判

ビニール袋の表面に小さな傷があるとそこから破れやすいが、 上下左右にひっぱってのばしてやると、傷の谷が目立 たなくなってかえって強度が増す、と大武センター長。

プラスチックは腐る

 そんな気骨が、11年前、ある大発見を導いた。プラスチックが“腐る”ことを発見したのだ。
 プラスチックは、紫外線や酸化によって劣化はするものの、セルロース(木材)などと異なり、菌などの微生物によって食べられることはないとされてきた。だが、大武センター長は、実家を取り壊した跡地で、30年間地中に埋まっていたポリ袋がぼろぼろになっているのを見つけた。ポリ袋の材料は、汎用プラスチックを代表する低密度ポリエチレン。これを見て大武センター長はプラスチックを分解する土壌菌があることを確信。ゴミ捨て場から分解が進んだポリエチレンを採取しては、電子顕微鏡やさまざまな検査装置で観察を続けた。そして、そこに微生物の姿と食い痕を発見したのだ。

もちろんメカニズムも解明した。ポリエチレンそのものを微生物が食べることはないが、 酸化劣化すると分子構造に変化が起こり、水を吸着しやすくなる。 水分があると微生物は寄ってくる。そして微生物は自ら酵素を出して高分子を低分子に分解し、 食べられるサイズにしてしまうのだ。
解明には島津製作所の検査装置も一役買った。 プラスチックには「銅害」という現象がある。銅と一緒にしておくと、酸化劣化が進みやすいのだ。 大武センター長はポリエチレンの分解現象に銅が関与していないかについても調査。 分解が進んだポリエチレンの表面に付着した酵素のなかに 銅の元素が含まれているかどうかを島津製作所の高性能電子線マイクロアナライザ(EPMA)で調べた。 案の定、短期間で分解の進んだポリエチレンからは銅が検出された。
さらにこの発見をもとに工事用の遮水シートも開発した。約10年で分解するように設計し、 工事後のシート回収の手間を省いたのだ。
環境負荷が少ないと話題になっていた生分解性プラスチックを用いるより、 はるかに低コストで作れるとあって、世界中から大きな反響を呼ぶこととなった。
「分解しないのが常識とされていたところに、僕らだけが分解すると主張したものだから、 えらい騒ぎになってしまって」と、大武センター長は白い歯を見せる。

プラスチックは腐る

電子線マイクロアナライザ(EPMA-1720シリーズ)
試料に電子線を照射し、発生するX線も波長から構成元素を分析する装置で、 試料のミクロン領域を高感度で元素分析ができる。

家庭の材料化学

気がつけば、現代人はプラスチックに囲まれている。 携帯電話、パソコン、ボールペン、ペットボトル―。自動車や飛行機、医療器具もプラスチックだらけだ。 日本にプラスチック類が持ち込まれたのは戦後まもなくだが、どんな形にでも成形でき、 コストも圧倒的に安いことから、爆発的に普及した。もはやプラスチックなしで我々の生活は成り立たない。
しかしある日突然、テレビや電話がポロポロと崩れ始めたりはしないのだろうか。
「プラスチックと一口にいっても、組成はさまざまです。 劣化を防ぐためにいろいろな研究がなされ、工夫が積み重ねられてもいます。 たとえば排水管などに使われるプラスチック管は塩化ビニール製ですが、 長い間埋設されていてもポリエチレンのように劣化しない。微生物は塩素が大の苦手ですから」(大武センター長)
長年押し入れに入れっぱなしになっているレコード盤(塩化ビニール製) が文字通り肥やしになってしまう危険はなさそうだが、 それでも無理矢理カタチにしたものであることには変わりない。 現に陽の当たるところに置いてあったプラスチックの置物は表面にひびが入っていたりもする。
「プラスチックの劣化を避けるなら、まず日光を遮断すること。 それから微生物を寄せ付けやすい皮脂や水分をよく拭き取って、冷暗所に置いておくことですね」(大武センター長)

大武義人 (おおたけ よしと)

財団法人化学物質評価研究機構 理事
高分子技術センター長 東京事業所 高分子技術部長 工学博士

大武義人 (おおたけ よしと)

1972年、国立小山工業高等専門学校工業化学科卒業後、82年、 財団法人化学品検査協会(現 財団法人化学物質評価研究機構)に入会。2002年、 高分子技術センター長に就任。04年からは理事も兼任。 09年からは国立長岡技術科学大学客員教授も務める。 著書に『ゴム・プラスチック材料のトラブルと対策』(日刊工業新聞社)などがある。