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(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

Special Edition “食”

食の都、江戸

千葉大学名誉教授 松下 幸子

脂質少なく成人病予防によし、ダイエットによし。
健康ブームとともに、江戸料理が注目されている。
しかし、江戸料理の魅力はどうやらヘルシーだけにはとどまらないようだ。太平の世で花開いた豊かな食文化。
その一端を、ご家庭でも味わってみてはいかが。

江戸の食文化はいまより豊かだった?!

 「いまの日本料理のほとんどは江戸時代にできたもの。農薬や添加物の心配もなくて、むしろいまより豊かだったんじゃないかしら」
というのは、千葉大学名誉教授 松下幸子氏。江戸期の料理をテーマに研究・執筆に勤しむかたわら、歌舞伎、文楽の殿堂である国立劇場内のレストラン「十八番(おはこ)」で、催しに合わせた江戸料理弁当をプロデュースしている。
庶民の生活水準が低く、食材を運ぶための高速道路も航空機もなかった江戸時代のほうが食文化は豊かだったといわれても、にわかには信じがたい。だが、松下氏は柔らかいながらも説得力のある言葉でこう続ける。
「江戸時代には200冊を超える料理書がありました。ご存知ないでしょう?しかも、その多くは貸本などで庶民にも読まれていたようです」
一例を上げると、天明2(1782)年、『豆腐百珍』という豆腐を使ったレシピを納めた料理本が出版されている。これはベストセラーになり、翌年には早くも『豆腐百珍続編』が、さらに6年後にはその続編の『豆腐百珍余禄』が出版された。
それほどまでに豆腐料理があることも驚きだが、そこに記されたレシピに基づいて作っていただいた一品「たち魚の雪花菜焼き」を口にして、さらに驚かされた。パイ包みにも似た歯ごたえと、おからにしみ込んだ魚の旨味。まさに「質素の清味」である。
「おからに雪花菜(きらず)なんて素敵な名前を付けるくらいですから、精神的にも相当豊かだったんじゃないでしょうか」

手前が雪花菜(おから)に包んで焼き上げた「たち魚の炙肉」。おからに魚の旨みが閉じこめられ、パイ包みにも似た食感もなかなか。太刀魚の変わりに鮭なども。

平和を享受して花開く文化

もちろん、いまの食文化との違いはある。
今日の食卓を彩るハクサイ、タマネギ、キャベツ、ピーマン、レタス、アスパラなどの野菜は、明治以降に外国から持ち込まれたもので、江戸時代にはなかった。そのかわり春の七草に数えられるような野草を、青物として食していた。
主なタンパク源は大豆で、豆腐はやはり大人気の食材だった。一方、肉類も実は結構食べられていたようである。魚は、いまも昔も魚だが、マグロでは赤身が重宝され、トロは脂が嫌われたのか、捨てられていたともいう。
「脂の乗った部位が好まれるようになったのは、食の西洋化にともなって、日本人の舌が変わってきたせいでしょう。でも、いまお寿司屋さんで食べられるお魚は、当時からたいていどれも食べられていたんですよ」
1826年にはにぎり寿司も発明され、江戸のファーストフードとして人気を博していたそうだ。
「江戸時代は260年間、戦争がほとんどなかったでしょ。それだけ平和が続けば食文化は豊かになって当然。明治以降、戦争が続いたために、受け継がれなくて消えてしまったお料理もたくさんあるんです。本当に残念でなりません」
根強く続く『江戸ブーム』。かの時代に魅かれる人が後を絶たないのは、歴史的にも希有な文化の営みがあったからかもしれない。

【撮影協力】 株式会社レストラン モア(十八番)
東京都千代田区隼町4-1国立劇場内 03-3265-9966
国立劇場2Fのレストラン。同劇場で歌舞伎が上演される期間中は、松下先生監修による江戸料理のお弁当(2800円)がいただける。予約制。

たち魚の雪花菜(きらず)焼きを現代風にアレンジ

□材料 おから 200g/太刀魚 小1尾  砂糖、酒、塩、こしょう少々、ごま油 大サジ1
□用意するもの  押し寿司用の箱

(1) おからは、砂糖、酒、塩を少量まぜて手でよくこねる。(水に溶いたかたくり粉を少量混ぜると、熱するときに崩れにくくなります。)
(2) 太刀魚を三枚におろし、塩、こしょうをふる
(3) 1を半量とり、押し寿司用の箱に敷く
(4) 3の上に太刀魚を並べ、さらに残ったおからをその上に敷き詰める
(5) 4を箱で押し、一昼夜置く
(6) 熱したフライパンにごま油を敷き、5を箱から移し、両面に焦げ目をつける。
(7) 事前に熱しておいたオーブンに移し、150度で15分熱する。
(8) 7をとりだし、適度に冷ましたところで切り分け器に盛りつける。

千葉大学名誉教授

松下 幸子

東京女子高等師範学校家政科を卒業。埼玉師範学校、埼玉大学を経て1965年より千葉大学に在職。調理学、料理史専攻。1991年3月定年退官し、現在、同大名誉教授。2005年4月瑞宝中綬章受章。著書「江戸料理読本」(柴田書店)、「祝いの食文化」(東京美術)、「図説 江戸料理事典」(柏書房)、他多数。

検証トロと赤身はココが違う!-島津の小型卓上試験機 EZTestを使って検証してみた。-

江戸時代、トロは捨てられていた―。現代人からすれば、なんとももったいない話だが、江戸の味覚には合わなかったらしい。赤身とトロの違いといえば脂質。口のなかでじんわり広がる脂質が、トロのトロたるゆえんだ。市販の刺身セットで「柔らかさ」を比較したところ、大トロは赤身の約2倍柔らかいという結果が出た。そもそも日本食は、天ぷらなどはあるものの、油っこい料理は少ない。戦後、食の西洋化で肉を食べる文化が定着し、動物性脂肪になじみができたのに伴ってトロがもてはやされるようになったのかもしれない。

【小型卓上試験機 EZTest】 歯ごたえ、歯ざわり、口あたりといった食品テクスャー特性を数値化し、硬さの変化による品質保証評価、食品の包装材の強度評価など様々な分野で活用されている。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。