バックナンバーBacknumber

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。

「脳が喜ぶ」瞬間とは?

島津の装置で見えてきた!

「脳が喜ぶ」瞬間とは?

生活スタイルの違いが脳の活性度に差を生む

今話題の脳を活性化させるというトレーニングや商品群。
それは、取りも直さず、多くの人が脳のパフォーマンスを十分に引きだしたいと思っている証だ。
だが、そもそも脳が活性化するとは、どういう状態をいうのだろうか。
日ごろ家庭でもしている動作を、島津の近赤外光イメージング装置を使って検証してみた。

脳表面の血流変化で活性度を見る

島津の近赤外光イメージング装置OMM-3000(NIRStation)は、近赤外線を使って血流の変化を計測できる装置だ。
頭部にファイバーホルダを装着すると近赤外線を照射した脳表の酸素状態から血流が増えたか減ったかが計測でき、脳の活動状態が判る。脳波測定などと違い、端子部の構造がシンプルなので被験者への負担が少なく、多少なら運動をしながらの状態でも計測できるのが強みだ。
今回はこの装置を使って、日ごろだれもがしている仕事や家事をしたときの脳の活性度変化を32チャンネルで前頭前野について計測してみた。すると興味深いデータが、ディスプレイに鮮やかに浮かびあがった。

手段の違いで活性度に大きな変化が

最初は朝の一場面を想定して、テレビを見ているときと新聞を読んでいるときの脳を比較。新聞では、読み始めると同時に脳の左側を中心に赤い色がわきあがり次第に全体に広がっていった。
一方、テレビでは、イメージ脳と呼ばれる右側がわずかに赤くなったものの、実験終了までの数分間、これといった変化は確認できなかった。
今回の実験について神経科学の第一人者である日本大学医学部先端医学講座の泰羅雅登教授に解説していただいた。
「新聞はテレビに比べて、自発的に文章をかみくだいて内容を理解するため、最初のハードルが高い。そこで脳をフル回転させているのが、データに現れているんでしょう。それに対してテレビは音声を聞き流しているだけ。ほとんど何も考えてないようですね」
次はほうきと掃除機の比較。床を掃除するという目的は同じだが、脳の活動には大きな変化が見られた。
「ほうきとちりとりを同期させるという“高度”な作業をこなすために、ほうきのほうが全般に脳が活性化していますね。とくに運動を段取り付ける運動前野の働きが顕著です」
もっとも顕著な差が現れたのは電卓とそろばんだ。同じ方法で実験を行なったにもかかわらず、電卓はほとんど変化なし。対してそろばんは実験開始直後から赤い部分が大きく広がり、電卓と同じスケールで比較すると、オーバースケールになるほど活性化していた。
「おそらく被験者は、そろばんに慣れていないのでしょう。そろばんのほうのデータを見ると、玉を追いかけるためにビジュアルにかかわる右脳が活性化して、指を使うので運動前野もよく働いています。時間経過で見ると、後半になるほど、赤くなっているようで、はらはらどきどきしている感じですね。一生懸命さが伝わってくる実験結果です(笑)」
事実、被験者は、そろばんは小学校以来で、はじめは玉をはじきかたさえ忘れていたほどだった。

おでこから頭頂にかけての前頭前野に32チャンネルの光ファイバー端子を装着し、脳表の酸素状態から血流の増減を計測した。実験内容は「新聞を読む VS テレビを見る」「ほうき VS 掃除機」「電卓 VS そろばん」の3つ。

脳が喜ぶことを

この結果を見ると、常に新しいことに挑戦することが、脳を活性化させる秘訣のようにも思える。だが、
「一概にそうとは言い切れません。あまり強すぎる負荷をかけるとストレスになりますし、負荷が少なければ脳は活性化しません。脳を効率良く活性化する状態、つまり脳を喜ばせてやることが大事ですね」
「その意味でも手軽でちょうどいいのは、“家事”ではないでしょうか。料理などは、段取りを考えながら複数の調理器具を使いこなし、指先までしっかり使いますから、脳全体が活性化しているはずです」
教授は、料理をしている人の脳をOMMで測定したこともある。そのときも脳の明らかな活性化に驚いたという。
家事は奥さんまかせという御仁は、脳のためにも行動を改めたほうがよさそうだ。

泰羅 雅登(たいら まさと)

日本大学大学院総合科学研究科教授。日本大学医学部先端医学講座教授。専攻は神経生理学,認知神経科学。現在は、fMRI PET OMM等を駆使し、視覚情報処理や認知メカニズムの解明に力を注いでいる。

(注)所属・役職および研究・開発、装置などは取材当時のものです。