学芸員モノ語り

資料整理や収蔵、お客様との会話など日々の活動から得られた新しい発見を調べ語っていきたいと思います。

2016.07.28
海外からの調査依頼

 今回は、海外からの大変珍しい調査依頼を紹介します。
 イギリス事務所の現地スタッフから「島津に関わる古い文書を入手したが、いつ頃のものでしょうか?」という問い合わせがありました。 送られてきた文書は、大きさ縦22cm×横30cmの英文の一紙物で、どうやら島津が海外向けに作成した引札(チラシ)のようです。

 内容を見てみると、「透性標本」の特徴や在庫品を紹介しています。透性標本とは、動植物をそのままの形で薬剤によって透明化した標本で、骨、血管、神経、葉脈などの部分を、はっきり観察できるよう、朱などで着色したものです。
 島津が透性標本の製作に成功したのは、大正元年(1912)10月でした。当時の広告文には、「…此ノ度独逸製品ニ聊モ遜色ナキ程度ニ加之価格モ亦独逸品ニ比シ約四分ノ一ノ低価ヲ以テ発売スルコト得ルニ至レリ…」とあり、その自信ぶりがうかがえます。大正4年(1915)には、パナマ大西洋万国博覧会にこの標本を出品し、金牌を受けています。

 実は、今回の引札は、この博覧会用として作成した可能性が高いと考えられます。
引札の社名表記も、改組(大正6年(1917))以前のものであり、年代的にも合致します。

 また、この引札で最も目を引くのは、右下の挿絵に用いた歌川広重の版画「雪中葦に鴨」です。欧米でも、浮世絵の人気が高いことを知ってのことでしょうか。趣向を凝らした営業努力が見てとれます。
 広重の花鳥画の特徴は、冷ややかに花鳥を客視するのではなく、自然界に生きる瞬時の姿をとらえ、花や鳥を媒介としておこる心の感動も表現する描写にあるといわれます。島津は、この版画によって、標本制作の精神や、繊細な日本的情緒の奥行の深さをも伝えたかったのかもしれません。

 引札は、イギリス事務所の応接室に飾られるそうです。島津が海外へ歩み出す貴重な資料が、骨董好きのイギリス人の心を刺激しつつ保存されていくことをうれしく思います。

参考文献
『日本の美術 104 広重』 至文堂(1975)

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