Vol.48 表紙ストーリー

Vol.48表紙
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世界で最もシェアされている検索エンジンに「生命、宇宙、すべての答え」と尋ねると、即座に「42」と返ってきます。
これは、ダグラス・アダムスのSFコメディ小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』に登場するスーパーコンピューター「ディープ・ソート」が「750万年かけて出した答え」と同じもの。検索結果に表示される「42」という答えは、遊び心のあるプログラマーから小説へのオマージュなのです。

自動運転、衛星通信、チャットボット…。SFはエンターテインメントの世界を超えて、現実社会で新しいテクノロジーを具現化するテック企業の創業者や学者、技術者にインスピレーションを与えています。実際にイノベーターと呼ばれる彼らの多くが、ビジョンや思考法・倫理感についてSFの影響を受けたと口を揃えます。経済学者でノーベル賞受賞者のポール・クルーグマンもその一人です。
彼は子どもの頃、アイザック・アシモフの著書『ファウンデーション(銀河帝国興亡史)』シリーズの登場人物ハリ・セルダンになりたかったと記しています。
『ファウンデーション』には、テクノロジーの空想のみならず「心理歴史学」という人類の行動パターンを数理的に予測する架空の学問が登場します。その学問の生みの親が天才数学者ハリ・セルダンです。

クルーグマンが経済学を選んだ理由は、「心理歴史学に一番近そうだったから」だそうです。
「心理歴史学」は、膨大な数の集団行動を予測する架空の学問ですが、まったく荒唐無稽なものでもありません。予想できない気体分子のさまざまな振る舞いも、膨大な分子の集まった空気の塊であれば規則性を予測できるという「気体分子運動論」から着想を得たアプローチ法です。
無数の小さなビーズのように群衆が自由に動き回る状況を予測するのは困難ですが、個を無視できるほどの巨大な群衆を、ひと塊とした球として扱えば、ビリヤード台の上でぶつかりあうボールのように予測ができるというものです。
「心理歴史学」は人口100京を超える銀河帝国の崩壊と文明喪失による暗黒時代を予測します。セルダンは文明再興までの時代を短縮することに生涯を捧げます。
後年、世界に衝撃を与えたカオス理論「決定論的でも、予測不可能なものがある」が提唱されると、アシモフは「やはりこのアナロジーは成立しないのではないか」と考えを新たにしたそうです。
カオス理論によれば、長方形のビリヤード台に配置されたボールのわずかな位置の違いでも、訪れる結果には大きな違いとなって現れます。さらに台の形が複雑になったり変数が増えれば、予測はより困難なものとなります。残念ながら現代の知見では、未来の完全な予測は叶いません。

物語のなかで当初「心理歴史学」はあくまで思考実験と捉えている記述があります。SFが見せるビジョン「よい未来を思考する!」というブレイクショットに、はじかれた幾つもの予測不能なボールたちは、しかし確実に「よりよい未来」の答えを求めて、転がり続けています。

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