Vol.47 表紙ストーリー

Vol.47表紙
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赤ちゃんが「いないいない、ばあ」の遊びにもっとも夢中になる時期は、生後およそ9か月ころなのだそうです。1年で体重が3倍、身長は1.5倍に成長する赤ちゃんは、世界を認識したり考える能力もまた目覚ましい早さで獲得していきます。

9か月ころになると「物」に対する意識、人の表情や声から感情を読み取ることを覚えます。この成長段階の赤ちゃんは、「いないいない」で隠れて消えてしまった顔が「ばあ」と再び現れる現象に強い興味を示すと言われています。一連の手順を記憶する力、想像力と予測力、期待の気持ちが芽生えたばかりの赤ちゃんにとっては、とても新鮮で楽しいアトラクションなのです。

この遊びを楽しむためには、もう一つ大切な能力が不可欠です。それは物が視界から消えても視界をさえぎるものの後ろに存在しているという「物の永続性」の認識。これを理解した赤ちゃんはもう、お母さんがいなくなったと怯えることもなく、「いないいない、ばあ」を安心して楽しむことができます。私たちはこうして獲得した能力をさらに発達させることで、物事が起こった前後の関連や顛末を想像したり、これから起こることを予想することができるようになっていきます。

楽しみにしていたポテトチップスが開封され、輪ゴムで留めてあるのを見て、お母さんの仕業だと目星を付けることができます。誕生日のサプライズを計画して、感激するお父さんの笑顔を予想することもできます。手品や推理小説、映画を楽しむことができるのもこうした能力を高めてきたおかげなのです。

「サスペンス映画の神様」と呼ばれたアルフレッド・ヒッチコックは、当時ハリウッドでもてはやされていた「メソッド演技法」に懐疑的でした。これは役者が登場人物になりきることで迫真の演技が実現できるというものです。対してヒッチコックはこれと真逆の演技を役者に求めました。「そこからここまで歩け」「無表情でカメラを見ろ」そう言われた役者たちは戸惑い、しばしば対立を招きました。

ヒッチコックの言い分はこうです。「無表情の男の顔」の前に、交通事故にあった子犬の映像があれば男の顔は悲しげなものに映ります。子犬の映像をセクシーなカットに替えると、全く同じ表情にもかかわらず「いやらしい男」として認識されるというものです。彼は、この「モンタージュ理論」こそが映画に最適な表現だと考えていたのです。

代表作『サイコ』では直接的な映像表現を意図的に避け、つなぎ合わせた複数のカットを見せることで観客の想像力をかき立て、恐怖と驚きを与えようというものでした。

映画の大ヒットはヒッチコックの名を不動のものとしました。しかし、その反響にいちばん喜び驚いていたのはヒッチコック自身だったようです。映画は彼にとっての「いないいない、ばあ」遊びだったのかもしれません。

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