2023.11.01

11月1日は「ビフィズス菌ヨーグルトの日」
腸内環境を再現するデバイスで腸の謎を解き明かす

11月1日は「ビフィズス菌ヨーグルトの日」です。牛乳、乳製品等を製造・販売する森永乳業株式会社によって制定されました。

ヨーグルトに含まれるビフィズス菌・乳酸菌と密接な関係にあるのが、私たちの腸に棲む「腸内細菌」です。様々な役割で身体を助け、近年では認知機能や免疫機能にも影響を及ぼすことが明らかになっています。一方で未知の部分も多く、その謎を明らかにするために、ヒトの腸に近い環境での実験・研究が求められています。

島津製作所は、2023年6月に腸内環境を再現する「腸内細菌共培養デバイス」のテスト販売を開始しました。今回は、森永乳業株式会社 研究本部 基礎研究所 腸内フローラ研究室の宣 旭(せん あきら)さんのインタビューをお届けします。

森永乳業研究本部基礎研究所腸内フローラ研究室の宣 旭(せん あきら)さん

 

腸内には酸素がない?

「ヒトの活動に酸素は欠かせませんが、実は腸管内、特に大腸では酸素がほとんどありません。腸内細菌の多くは、酸素に触れると死んでしまいます」

森永乳業の宣さんは入社当初、素材研究の臨床試験を担当し、ビフィズス菌・乳酸菌の機能性を調査していました。現在は腸内細菌全体を観察し、新たな機能性の探索やそのメカニズムに携わっています。ヒトの体内で腸内細菌がどう生きているのか――。その秘密を探るのがミッションです。

ヒトの腸内には1000種類以上、100兆個以上の腸内細菌が棲んでいると言われています。腸内細菌と腸管の表層部の細胞(腸管上皮細胞)は互いに影響し合い、様々な代謝物を産み出すと考えられます。そのメカニズムを探るには、細菌と細胞の同時培養(共培養)が必要です。腸管上皮細胞が生きていくには酸素が必要ですが、腸内細菌は酸素に触れると死んでしまいます。実際の腸管と同じような同時培養を人工的に行うことが難しいのは当然です。そんな研究に取り組むある日、宣さんは研究室のメンバーから島津製作所の「腸内細菌共培養デバイス」を紹介されました。

「話を聞いた当初は驚きました。ヒトと腸内細菌の相互作用を研究するうえで共培養は有用な技術ですが、実現が難しいので諦めていました。『専用デバイス』ができるなんて考えたこともありませんでした」

酸素を含む培地を腸管上皮細胞にだけ触れるように封入することで、共培養が可能となった

酸素を含む培地を腸管上皮細胞にだけ触れるように封入することで、共培養が可能となった

当初は予定になかった論文発表

宣さんは腸内細菌共培養デバイスの試用機の開発に協力するために同デバイスを使い始めました。

デバイスには、密封した容器内に腸管上皮細胞と腸内細菌を入れます。新鮮な細菌用培地を定期的に入れ替えることで、菌の過剰な増殖を防ぎます。それにより腸内環境を再現することができ、3日程度の共培養を可能にします。試用機に対して「想像以上に腸内環境に近い環境が再現できる」との印象を抱いた宣さん。次第に「腸管上皮細胞と腸内細菌が産み出す代謝物の相互作用も評価できるかもしれない」と考え始めます。

そこで、本デバイスの培養液を確認してみると、腸管上皮細胞が産み出す代謝物が腸内細菌(ビフィズス菌)に影響を与えることで、免疫調整作用を持つとされる代謝物(インドール乳酸など)が増えていることが判明しました。想定よりもはっきりと腸管上皮細胞と腸内細菌の関係が見えたのです。それを論文発表した成果は、2023年4月に科学雑誌「Frontiers in Microbiology」に掲載されました。

「論文発表後に感じたのは、とにかく感謝の気持ちです。社内外の多くの関係者に支えてもらい、とても嬉しかったです」

腸管上皮細胞にのみ触れる部分を有酸素、腸内細菌に触れる部分を無酸素とすることで 共培養を実現した

腸管上皮細胞にのみ触れる部分を有酸素、腸内細菌に触れる部分を無酸素とすることで 共培養を実現した

 

宣さんは学生時代から代謝物に興味があったそうです。元々、当社の分析計測機器は使用していたものの、 共培養デバイスの存在は意外に感じたといいます。

「島津の機器は『化学』に強いイメージで、ライフサイエンス分野の機器も手掛けていると思っていませんでした。今回、島津の技術者と議論を重ねて、細かい要求仕様まで地道に改良されていく過程を目の当たりにしました。『ユーザーの使用感を大事にするメーカー』という印象が深まりました」

納得感をもって製品を届けるために

宣さんは実験から得た結果を製品にどう還元するかが目標だと言います。

「試験管内で再現される腸内細菌の役割は生体内で起きている現象とまだまだ乖離があります。たとえ実験室で健康の維持に有効な成分が見つかったとしても、複雑な要因が絡み合う体内で活かされるかどうかは分かりません。実験環境をどれだけ実際の腸内環境に近づけられるか、それを生体内でどのように確認していくか…。まだまだ追い求める余地があります。そしてこれらの研究結果をいち早く製品開発につなげていきたいです」

腸内細菌は「変えられる臓器」

「腸内細菌は様々な健康状態に影響することから、一つの臓器と例えられることがあります。腸内細菌は摂取する食品の影響を強く受け常に変化しています。通常、臓器の不調や先天性の疾患を抱える場合、薬で治療する必要がありますが、腸内細菌は私たち自身の食生活や生活習慣で変えることができます。この点が魅力であり、私が研究を続ける理由です」

宣さんの探求心は止まりません。同僚とともに日々の研究を深め、人の健康への貢献を目指しています。「『人と地球の健康』への願いを実現する」を経営理念とする当社もその一助となり、腸内細菌の謎に迫る宣さんの挑戦を支えていきます。

取材にご協力いただいた宣さん(左)、同僚の西村さん

取材にご協力いただいた宣さん(左)、同僚の西村さん

 

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