島津の技術者、官能評価に迫る
「色」による外観チェックと共に、「香り」「味」がよく調和しているかを確認する官能評価。日本酒の品質評価のためになくてはならないものです。最近ではそれに加え、分析によって味わいを数値化、見える化したいという要望が増えています。
島津製作所では分析装置を使って、香りや味に影響を及ぼす成分を調べ、それぞれの特徴の科学的解明に挑戦しています。
1. 島津従業員が造りたいオリジナル日本酒『源遠流長』の味わい
~2022BY, 2023BY, 2024BY~
島津従業員の目指す味わいは、2022年度は飲用温度(冷酒、常温、熱燗)に寄らず、おいしく飲めることであった。甘味や酸味に影響を及ぼす成分がバランスよく含まれていることが必要ではないかと考え、2022BYでは、京都府産酒米“祝”、京都酵母“京の琴”に酸味やコクのバランスを考慮して、酒米“旭4号”をかけ合わせて醸造した。
2023年度は、従業員向けアンケートから、2022BYから味わいを変更したい傾向がみられた。2022BYは吟醸酒であったが、味決め会では “京の琴”より香りが穏やかな“京の華”の人気が高く、また、純米酒に期待が寄せられていることが分かった。
2023BYは酒米は“旭4号”のまま、精米方法にはきれいで雑味ない味わいを生み出すと言われている扁平精米法を取り入れ、“京の華”で醸し、味の変更を試みた。
そして、2024BYは従業員向けアンケートから、過去2年の味わいから変更したい傾向がみられ、また、150周年を迎え様々な機会での乾杯に使用されることを想定し、華やかな香りを醸す京都酵母「京の恋」を使い、新しい味わいに挑戦することにした。
2022BY | 2023BY | 2024BY | |
---|---|---|---|
酒米 | 祝(麹米) 旭4号(掛米) |
五百万石(麹米) 旭4号(掛米) |
祝(麹米) 旭4号(掛米) |
酵母 | 京の琴 | 京の華 | 京の恋 |
精米方法 (掛米) |
球形精米 | 扁平精米 | 扁平精米 |
酒質 | 純米吟醸酒 | 純米酒 | 純米吟醸酒 |

2. オリジナル日本酒『源遠流長2025(2024BY)』の味わい
米や水といった「テロワール*1」を生かして、各地の酒蔵で醸された日本酒は、味や香りが大きく異なり、その多様性は魅力のひとつである。それらの中での自社製品のポジショニングや、独自の特徴を知りたいと考えられている。主成分分析*2により、主要日本酒に対する源遠流長のポジショニングや特徴の視覚化を試みた。
味関連成分に着目した分析では、源遠流長は2023、2024、2025のいずれも特異的なポジションであった。
日本酒の濃醇さに関連する有機酸やアミノ酸が豊富で、特に源遠流長2024ではこくや旨味に影響を与える「こはく酸」が多いことが特徴だったが、2025は「こはく酸」と共に旨味成分「グルタミン酸」も豊富であることが分かった。

(味関連成分の主成分分析に基づく)
*1 農作物が生産される畑の土壌や地形、気候や風土などの生育をとりまく環境
- *2 主成分分析:サンプル間の差異解析に活用
-
多次元的に存在する数多くの情報を効率よく合成して目に見える形に表現する解析手法。全ての測定値を総合的に取り扱い、視覚的に読み取れる2次元に投影する。スコアプロット(Score plot)では、プロット位置が近いものは類似していると判断され、特徴が近い商品(あるいは違いが大きな商品)を見つけることができる。また、スコアプロットで見える化した差異に対し、試料中に含まれているどの成分が影響を及ぼしているのかをローディングプロット(Loading Plot)で確認できる。
参考:技術資料「味わいに影響を与える成分の探索および違いの見える化」
源遠流長には京都市産業技術研究所で作られた京都酵母が使用されている。2023には酵母『京の琴』、2024には酵母『京の華』、2025には『京の恋』を使用した。『京の華』 → 『京の琴』 → 『京の恋』の順に味わいはスッキリするとされている。爽やかな酸味を呈するリンゴ酸を多く生産する『京の恋』は、「初恋」を思わせる甘酸っぱさが特徴であり名称に表わされている。
甘酸っぱさに関連する2成分(ぶどう糖とりんご酸)を取り上げて、2024と2025を比較すると2025により多く含まれおり、酵母の特徴が表れていると考えられる。


香り成分はガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)により分析し、香りの特徴の解明は近日掲載予定です。
3. オリジナル日本酒『源遠流長』 2023BYの味わい
2024年度は新たな試みとして、大阪大学大学院 工学研究科生物工学専攻 福崎研究室(福崎 英一郎 教授)に新規機能性成分として注目されているD-アミノ酸と、飲用前に感じる香り「上立ち香」(オルソネーザルアロマ)と飲用時に感じる香り「含み香」/「口中香」(レトロネーザルアロマ)を測定、解析いただいた。
各地の日本酒9種について、糖類(京都市産業技術研究所 測定)と有機酸の分析結果も合わせて詳細に解析した。
味関連成分
甘味は糖類(単糖、オリゴ糖)、酸味は有機酸、旨味、コク、苦味にアミノ酸が関連している。さらにアミノ酸はL-アミノ酸、D-アミノ酸と呼ばれる鏡像体が存在する場合があり、発酵して製造する日本酒はD-アミノ酸が含まれることが知られている。D-アミノ酸は旨味を強める(甘味を持つL-アミノ酸の場合は、甘味を強める)と言われており、特徴づけに影響を与える。今回は、糖類、有機酸、D,L-アミノ酸を高速液体クロマトグラフ質量分析計を使用して測定して解析を行った。
源遠流長 | 京都 |
---|---|
日本酒1 | 奈良 |
日本酒2 | 佐賀 |
日本酒3 | 岩手 |
日本酒4 | 岩手 |
日本酒5 | 三重 |
日本酒6 | 石川 |
日本酒7 | 石川 |
日本酒8 | 山口 |
日本酒9 | 京都 |
酒蔵の所在地(県名)
味関連成分を使った解析(主成分分析)では、各日本酒のポジショニングに影響を及ぼしている成分はブドウ糖(グルコース)、アミノ酸類、有機酸類であることが分かった。それらを考慮すると、日本酒10種は概ね味の濃淡(X軸 右方向に向かって淡麗→濃醇)と甘味の程度(Y軸上方向に向かって甘口→辛口)の違いで分布していること分かった。
特に日本酒6、日本酒1はアミノ酸類に特徴づけられて特異的なポジジョンにあった。いくつかのD-アミノ酸は発酵初期から生酛仕込みにおいて、より豊富であることが知られている*。生酛仕込みと同様に酒母作りで乳酸菌を育成する山廃仕込みである日本酒6はD-アスパラギン酸、D-グルタミン酸、D-アラニンなどのD-アミノ酸が豊富であることで特徴づけられていた。乳酸菌がD-アミノ酸を産生したと考えられる。
一方、日本酒1はL-アスパラギン酸、L-グルタミン酸などのL-アミノ酸が多い傾向が見られた。日本酒1は長期低温発酵で醸造されており、酵母によるアミノ酸の産生期間が長かったことに起因すると思われる。
源遠流長は相対的に淡麗で辛口のポジションであった。 同じく招徳酒造で醸造された日本酒9は隣接し、杜氏らしさの表れと考えられる。
* Taniguchi, M. et al.: J. Biosci. Bioeng., 130, 63 (2020).

Score Plot
各地の酒造で醸された日本酒の味わいマップ
(味関連成分の主成分分析に基づく)

成分のバランスが味わいを印象付ける。甘味、酸味等4種の味わいについてそれぞれに寄与する成分値を用いて、味わいレーダーチャート(特願2023-010247)を作成。アミノ酸やコハク酸が関連する旨味は、どの化合物群が寄与しているのか確認するために、分けて作成した。京都産業技術研究所によるきき酒の結果も併記した。
- 参考
- 味わいに影響する成分については統計解析(多変量解析)し、日本酒間の差異に寄与する成分を抽出。それらの分析値を使って、味わい毎に文献情報を参考に数値を算出し、平均値と標準偏差により正規化した値を使ってレーダーチャートを作成した。
甘味 | グルコース |
---|---|
酸味 | リンゴ酸、乳酸、クエン酸、コハク酸合計 |
苦味 | 苦味アミノ酸(プロリン,イソロイシン、ロイシン、フェニルアラニン,バリン)合計 |
旨味(コハク酸) | コハク酸 |
旨味(D-アミノ酸) | D-アミノ酸類合計 |
旨味(L-アミノ酸) | L-アミノ酸類合計 |
味わいレーダーチャートの形状は、マップ上で位置の近い日本酒同士は類似しており、離れているものは差が見られた。酸味についてきき酒コメント(京都市産業技術研究所による)のある日本酒(日本酒9、日本酒4、日本酒6など)は、甘味に対して酸味の方が突出している。日本酒により、D-アミノ酸とL-アミノ酸の割合が違い、源遠流長はD-アミノ酸とL-アミノ酸が同程度であるのに対し、山廃仕込みの日本酒6は群を抜いてD-アミノ酸が豊富であった。
また、源遠流長と日本酒9はアミノ酸は控えめであるが、きき酒で“うま味ある”とコメントされている。それは、他より豊富に含まれるコハク酸によりもたらされていると考えられ、それが源遠流長の特徴と言える。
-
甘味酸味少し
うま味ある
後味渋味 -
雑味ない
うま味
後味に酸味すっきり -
後味に酸味たっている
味うすい -
雑味ない
後味に酸味と少し苦味 -
甘味まろやか
やや苦味
後味に酸味と苦味 -
甘味まろやか
後味に渋味 -
甘酸っぱい
甘味酸味バランス良い
少し苦味 -
後味に甘味
少し苦味、味締まる -
味しっかり
甘味
うま味 -
味十分
甘味、酸味
苦味強い
香り成分
日本酒の入った酒器を鼻に近づけた際にほのかに感じる香り「上立ち香」、日本酒を口に含み、口の中に行き渡った際に広がる香り「含み香」/「口中香」は、きき酒の際の香りの評価方法として使われている。一般的に前者は飲用前に鼻から流入し感じるオルソネーザルアロマ(Orthonasal arome)、後者は口に含んだ後に口から鼻へ流入するレトロネーザルアロマ(Orthonasal arome)と呼ばれている。

まずは、日本酒の入った酒器を鼻に近づけた際にほのかに感じる香り「上立ち香」に相当するオルソネーザルアロマ(Orthonasal arome)について、他の日本酒に対する源遠流長のポジショニングを確認するために、香気成分をガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS)で分析を行った(大阪大学大学院 福崎研 測定/解析)。
20mL HSバイアルに日本酒試料10mL及び香気成分と吸着するファイバーを入れ、上燗を模した45℃にて30分間保持。その後、加温脱着させてガスクロマトグラフ質量分析計で分析した。
分析試料
45℃(上燗相当)にて30分間保持
ガスクロマトグラフ
質量分析計で分析
香気成分の分析では、吟醸香を含む成分の中で各日本酒の特徴付けに寄与しているものに着目し解析した。日本酒のポジショニングは各種エステル類や高級アルコールなどで特徴づけられていた。源遠流長は京の華の特徴的な香気成分であるバナナ様吟醸香の酢酸イソアミルや、基調香のイソアミルアルコールに特徴づけられていることが分かった。一方、リンゴ様吟醸香のカプロン酸エチルにより特徴づけられている日本酒2や日本酒8などとは離れて分布している。

Score Plot
各地の酒造で醸された日本酒の味わいマップ
(香気成分の主成分分析に基づく)

Loading Plot

源遠流長、日本酒1、日本酒2、日本酒3、日本酒5、日本酒8は、きき酒コメント(京都市産業技術研究所による)において香り華やかという評価であった。基調香より吟醸香の方が、日本酒間の差異は大きく、源遠流長、日本酒1、日本酒3、日本酒5はバナナ様吟醸香の酢酸イソアミル、日本酒2、日本酒8はリンゴ様吟醸香のカプロン酸エチルが豊富であり、それらにより華やかさはもたらされたと考えられる。
- 酢酸イソアミル:バナナ様吟醸香
(3-Methylbutyl acetate)
- カプロン酸エチル:リンゴ様吟醸香
(Ethyl Hexanoate)
- イソアミルアルコール:基調香
(3-Methyl-1-butatanol)
続いて、レトロネーザルアロマの測定は源遠流長、日本酒8、日本酒9を用いて行った。日本酒15mLを口に含み、飲み込んだあと、1Lの呼気をガスバッグに採取した。採取した呼気を吸着剤(Tenax GR80-100)に吸着後、抽出してガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS)で分析を行った( 大阪大学大学院 福崎研 測定/解析)。

多変量解析の結果から、日本酒3種のレトロネーザルアロマは主にエステル、アルコール、有機酸により特徴づけられていることを確認した。レトロネーザルアロマにおいて、源遠流長はバナナ様吟醸香の酢酸イソアミル、日本酒8はリンゴ様吟醸香のカプロン酸エチルが豊富であり、オルソネーザルアロマの傾向と同様であるという興味深い結果が得られた。

Score Plot
各地の酒造で醸された日本酒の味わいマップ
(香気成分の主成分分析に基づく)

Loading Plot

- 酢酸イソアミル:バナナ様吟醸香
(3-Methylbutyl acetate)
- カプロン酸エチル:リンゴ様吟醸香
(Ethyl Hexanoate)
- イソアミルアルコール:基調香
(3-Methyl-1-butatanol)