高性能永久磁石の開発に欠かせない組織制御を支える計測技術

電動化対応ソリューション | モーター関連

温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現に向け自動車業界では電動化の取り組みが加速しています。
その中心であるモーターの性能を決める永久磁石は、開発競争の真っただ中を走り続けています。磁石の性能にとって、合金組成や組織構造は非常に重要な要素で、粒界形状と組成分布がマッピングできるFE-EPMAが開発を支えます。

永久磁石は1900年初頭のSK鋼が発明されて以降、MK磁石、フェライト磁石、NKS磁石、1970年のクロム・コバルト磁石まで日本が世界をリードし、1982年にネオジム磁石が日本と米国で同時期に発明されました。ネオジム磁石は、現在の急速な電動化やカーボンニュートラルの推進を背景に電気自動車の駆動用モーターや風力発電機などでの需要が拡大し、更なる進化を続けています。本年5月には、物質・材料研究機構(NIMS)と企業4社にて、磁石マテリアルズオープンプラットフォーム(磁石MOP)*1が発足するなど、開発が加速しています。

ネオジム磁石の開発課題

モーターの性能を高めるたには強い磁力が必要なため、ネオジム磁石が広く使われていますが、ネオジム磁石には、熱が加わると熱減磁という磁力が低下する性質があります。その対策のためにジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)などを添加することで熱減磁を防ぐ開発がされています。一方で、ネオジム、ジスプロシウム、テルビウムはいずれも希土類と呼ばれ希少資源であり入手不安定な材料のため、これらの使用量を低減できる技術が求められています。
このように、車載モーター向け磁石の主な課題には ①耐熱性を向上し、磁石の熱減磁を押さえること ②希土類フリー化、が挙げられます。
これらの課題解決に向けた開発を進める上で重要となるのが磁石の組織制御です。

磁石の組織制御

ネオジム磁石は、ネオジム(Nd)-鉄(Fe)-ホウ素(B)からなる合金で、焼結法、液体急冷法(熱間加工)などが、この製造に使われます。磁石は小さな結晶粒で構成され、性能には、結晶粒の組成や寸法、添加される元素の位置や量等が重要です。上記した磁石MOPでも「磁石の特性発現に必要なマクロからナノメートル領域に至る組織制御を可能とする材料組織解析評価」が取り上げられています。
結晶粒の微細化、や、結晶粒の境目(粒界)に結晶粒と異なる組成比や、異なる元素を添加することで、性能向上が図られています。例えば、ジスプロシウムやテルビウムを、磁石表面から結晶粒の境目(粒界)を通って内部に浸透させる方法を、粒界拡散法と言います。
2022年3月に発表されたサマリウム鉄系等方性ボンド磁石(東芝/東北大学で開発)でも、化合物結晶の境目に、ニオブ(Nb)とホウ素を濃縮させたとの成果が発表されています*2
磁石の組織制御には、結晶粒、粒界部分の形状が観察でき、組成分布をマッピングすることは重要です。その強力なツールとしてFE-EPMA(電解放出型電子線マイクロアナライザ)は卓越した空間分解能(2次電子像分解能3nm)を持ち、超高感度なマッピングが行えます。

【 図1 結晶粒と粒界モデル 】

ネオジム磁石の組成分析例

FE-EPMAでの組成分析例を以下に示します。
Tb含有ネオジム焼結磁石のマッピング分析で、主相粒界でのTb分布状態、保磁力向上(=耐熱性向上)に寄与するCo、Cu、GaがNi-rich相近傍に分布することが確認できます。

【 図2 ネオジム焼結磁石のマッピング分析 】

FE-EPMAの原理とSEM-EDSとの比較

島津FE-EPMA(Field Emission Electron Probe Microanalyzer)

FE-EPMAは、電子線を照射することで、試料表面から出てくる二次電子、反射電子、特性X線を検出し、試料表面の微小部の観察&元素分析をする装置です。
島津FE-EPMAは、最大90mmの領域情報が取得でき、定性&定量能力に優れ、広域から局所まで幅広い元素分析を行えます。特性X線の取出角度が高い(52.5°)ため、表面に凹凸や湾曲のある試料の分析が容易という特長を持ちます。

【 図3 FE-EPMAの測定原理・製品写真 】

SEM-EDSとの比較

FE-EPMAと比較される技術にSEM-EDSがあります。磁石にはエネルギー値の近いピークを有する組成成分が含まれる場合があり、開発においてはそのような状況下でも微細領域の組成分析が求められます。エネルギー値の近いピークを有する成分を分離するためにはエネルギー分解能と分析検出限界が重要です。このような場合、エネルギー分解能と分析検出限界の性能が劣るEDSではピーク分離が難しく、さらに軽元素の感度も不充分です。これらの観点においてFE-EPMAが有効です。

【 表1 FE-EPMAとSEM-EDSの比較 】
FE-EPMASEM-EDS
元素分析範囲 4Be92U 5B~92U
分析時の照射電流 10-6~10-9A 10-8~10-10A
エネルギー分解能 10eV 程 130eV 程
分析検出限界 50~100ppm 1500~2000ppm
軽元素では数%以上
定量分析精度 1%以下、Be~U 2~3%、Na~U
分析できること 元素の種類と量、化学結合状態 元素の種類と量

カーボンニュートラルの実現に向けて

モーターの技術的核であり、日本がリードする永久磁石は様々な元素を活用し、これからも進化を遂げていくことでしょう。より困難な分析に挑戦することで、島津はその進化に貢献を続けていきます。

<参考文献>

関連リンク