モビリティ材料の水素脆性を試験する方法
—安全な水素社会の実現に向けて—

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安全なモビリティの開発を行う上で、金属材料の水素脆性評価のニーズはますます高まっています。このページでは、金属材料の水素脆性を評価する3つの方法の特徴やSSRT試験法との比較、SSRT試験法の評価に有用な装置をご紹介します。

金属を劣化させる「水素脆性」とは何か

多様な資源から製造できる水素は、環境に優しい次世代のエネルギーとして国際的に大きな注目を浴びています。日本でも資源エネルギー庁が中心となって水素社会実現に向けた取組みが行われています。水素を燃料としたモビリティの開発も盛んに行われ、水素エネルギーに関する市場は年々拡大を続けています。

再生可能エネルギーと並ぶ新しいエネルギーの選択肢である水素はクリーンなエネルギーとして期待される一方で、金属材料を劣化させることが知られています。本来、金属には展延性があり、力が加わると塑性変形しますが、水素に曝露されると、水素原子が金属素材内に取りこまれ、金属が脆く破壊されやすくなります。この現象が「水素脆性」です。

水素社会を目指すうえで、水素脆性の問題を避けて通ることはできません。水素の製造から輸送、水素エネルギーを利用したモビリティ、水素ステーションなどの多くのインフラにおいて、金属材料が水素に接することになるからです。また、水素燃料を用いない場面でも、電気自動車のモーターの軸受に用いられるグリースや製造のめっき工程からも水素は生じ、その水素が材料に吸蔵されることへの影響が懸念されています。材料が高強度であるほど水素脆性の影響が大きくなることから、モビリティの電動化や金属材料の高強度化が進む現在、水素脆性はますます大きな課題となっています。

安全な製品を作り出すためには、材料の水素脆性を評価する方法を知り、適切に試験を行うことが必要です。また、正確で効率の良い評価を行うことができれば、開発を迅速に進めることができ、競争力の向上にもつながります。

では、水素脆性はどのように評価すればよいのでしょうか。測定方法を次にご説明します。

水素脆性評価試験の3つの方法とその比較

水素脆性は、材料、応力、環境の3つの要素が関係します。長期間にわたって、大きな力が加えられたり水素が発生する環境にさらされたりすることで水素脆性が起こりますが、水素脆性を評価するときには、実使用と同じ長い時間をかけるわけにはいきません。そのため、材料、応力、環境の3要素のいずれかの条件を、実際の使用条件より厳しく設定して試験を行います。

どの要素にどのような負荷をかけるかによって、水素脆性強度試験の方法は異なりますが、ここでは代表的な3つの方法を紹介します。

①定歪み試験法
定歪み試験法は、主に板状の試験片を対象として行われる試験方法です。U字曲げや4点曲げなどの曲げる力を加えて歪みを生じさせた試験片を、水素環境や、硫酸や塩酸などの腐食溶液中にさらします。一度に大量に試験できるメリットがあります。
②定荷重試験法
試験片に一定荷重を付与して、水素環境や腐食環境にさらし、破断までの時間を測定する方法です。試験金属によっては、実環境に近い応力を負荷できるというメリットがあります。
③SSRT試験法
Slow Strain Rate Testの頭文字をとってSSRT試験法と呼ばれます。日本語では「低歪み速度試験」といいます。SSRT試験法は、水素環境中で試験片をゆっくりと引っ張り、破断に至らせる方法です。得られる情報が多く、①や②に比べて短い時間で評価できるというメリットがあります。

①定歪み試験法や②定荷重試験法は、実施が比較的簡便ですが、評価に時間がかかり、環境によっては破断に至らずに評価できない場合もあります。また、これらの方法は、微量の水素では破断に至りにくいために、微量腐食や微量水素の影響を評価することは困難です。さらに、負荷によって破断時間のばらつきが大きいため、負荷の条件を変えて何度か試験をし、多くのサンプルが必要になることもあります。

一方、③SSRT試験法は、引っ張る力で強制的に破断させるため、短時間での評価が可能です。必ず破断に到達できることもメリットです。また、微量の水素環境の影響も迅速に評価することが可能です。これらの利点から、水素脆化の研究ではSSRT試験法がよく実施されています。

それではSSRT試験法の方法について、詳しく見ていきましょう。

SSRT試験法の方法と必要な装置

SSRT試験法を実施するためには、試験片を0.1mm/min~0.0001mm/minという非常にゆっくりとした速度でスムーズに引くことができる精密な引張試験機が必要です。

たとえば、島津製作所の引張試験機の中では、EHF-EシリーズやAGX-VシリーズがSSRT試験法の実施に適した製品です。これらの製品は、低速度の試験においてもスムーズな駆動を実現する高い駆動分解能をもっています(図1)。

【 図1 島津製作所の引張試験機シリーズ 】

また、試験片に水素を曝露させながら試験を行うため、水素環境を構築できるチャンバーなどと組み合わせる必要があります。AGX-VシリーズにSSRT試験向けチャンバーを設置し、同チャンバー内で水の電気分解を利用して水素ガス環境を構築することで、SSRT試験を行うことが可能です(図2)。

【 図2 水素ガス発生槽を取り付けることでSSRT試験ができます 】

島津製作所では、お客様の環境やサンプルに対応した治具のご提案が可能です。水素脆性の評価に興味をお持ちの方は、ぜひ一度お問い合わせください。

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