Our Story
いろいろなミチ(道・未知)
島津の社員インタビュー
橋爪 宣弥

「今ここで」
の成果にこだわる

橋爪 宣弥
京都大学イノベーションキャピタル(株)(出向)
基盤技術研究所 新事業開発室 新事業開発G

ベンチャーキャピタリストという仕事

「いや、ほんとにいろんな人がいますよ。海外留学や海外MBA、超一流企業を渡り歩いてきた人もいれば、ものすごい回数の転職をしている人とか。島津では聞いたこともない経歴や資格の人がたくさんいます」

橋爪宣弥さん。2006年に島津に入社し、2022年現在は京都大学イノベーションキャピタル株式会社(KYOTO-iCAP、以下iCAP)に出向している。職種はベンチャーキャピタリスト。投資先を探し、投資条件を交渉し、投資後は成長を支援して、ときにはM&A売却やIPO(株式上場)を支援したりもする。まさに資本主義経済の申し子だ。

iCAPは京都大学の100%子会社ということもあり、京都大学(現在は他の国立大学も含む)で生まれた研究成果の事業化を事業目的にしている。しかし、多くは研究者であるがゆえに、経営手腕を持ち合わせていないことが多い。
事業化するには、市場ニーズを探るマーケティング調査や、製品化につなげるものづくりのノウハウ、一つのシーズから複数の製品をつくるアイデアや、市場に売り込む広告的手腕が必要だ。

そこで、研究者と起業家候補のマッチングを行ったり、資金的な援助や事業化に向けたサポート、さらに財務・法務や株価の状況など、投資後も企業と伴走していく。
しかし、当然うまくいかない会社もある。お金を入れて「はい、おしまい」では済まず、社外取締役の肩書を背負い、無償で案件先の事業に参画することもある。投資したスタートアップに対し、成果が出るまで関わり続けるのは並大抵の覚悟ではできないだろう。

「どれがうまくいくかどうかというのは、とても読みにくいんです。技術がすごい、面白いなと思うものも、うまく成長できるとは限らない。私は、キャピタリストとして、その会社のリーダーが育つように、自分がいなくなっても企業運営ができるようにと、適切にアドバイスや悩みの相談相手をしたり、寄り添うことを大事にしています。時には、一緒に怒られる立場にもなったりします」

と苦労を口にするが、言葉の端々に、いまの仕事を楽しんでいる様子がのぞく。

研究者としてキャリアをスタート

現在、キャピタリストとして活躍する橋爪さんだが、大学院ではプラズマ物理を研究し、島津製作所に入社した当初は研究開発に携わる研究員だった。就活時、科学機器業界に強い興味を持ち会社を探していたが、「もし事業の幅が狭くて自分に合わなかったら困るので」と科学に関する事業の広さで島津を選んだ。

国際学会でポスター発表
国際学会でポスター発表

入社後は基盤技術研究所(以下基盤研)に配属され、医療機器の乳房専用PET※装置のソフトウェア開発を行っていた。(※陽電子放射断層撮影法)

「基盤研では自由にさせてもらえました。興味あることはとことんやっていいし、やってはいけないと言われることも少なかったです。仕事なので基本ゴールは決まっているけれど、途中過程は研究なのでわからない。『多分こんなふうにしたらいけるんじゃないか』ってやってみる、『違う』、『なかなか結果でなかった』、『違う』、『じゃあこうしよう』という感じで、途中過程は研究者の裁量に任されているんです。結果が出なくても我慢強く待ってくれる島津の社風はありがたかったですね」

会社のスキー部で練習に行った八方尾根。会社の部活は部門や年齢層を越えて交流できて楽しいです。
会社のスキー部で練習に行った八方尾根。
会社の部活は部門や年齢層を越えて交流できて楽しいです。
会社のスキー部が開催した大会に出場しました。
会社のスキー部が開催した大会に出場しました。

2008年以降はテーマを与えられての研究開発にとどまらず、プロジェクトの立ち上げ段階から任されるようになっていったが、2014年、異動の辞令が降りる。異動先は新設された基盤研の新事業開発室だ。しかも、それまで持っていたプロジェクトと両方やるようにとの指示だった。

「大変だ」とは思ったが、呼んでくれたのが2008年から一緒のプロジェクトだった管理職だった。これまでの自分の働きぶりをちゃんと見て、外部との関りが強くなる新しい部署でも、『外の人脈も作っていた自分を大丈夫だと思ってもらえたのだ』と前向きにとらえ、異動した。

新事業開発室では、社内ですでに上がっているアイデアやシーズではなく、学会に出てはさまざまな研究者と交流し、市場のニーズを探ることから始まる。そこで強みとなる社内の技術と組み合わせ、これなら売れるだろうという製品を企画し、上層部へ説明。予算がつけば、開発・製造チームを作り上げ、製品化につなげていく。

「開発する」ことを1次元のものづくりとすれば、「企画して作って売る」新事業開発室の仕事は2次元のものづくりといえるかもしれない。

成果の一つとして、排尿量測定システムの「Urina(ユリーナ)」がある。尿を直接採取しなくても、排尿前後の体重差で排尿量を精密に計測するというものだ。尿に触れる感染リスクがないため尿量計測の衛生的問題を解決した。

現在は医療従事者しか購入ができないが、今後もし一般販売されることになれば、スポーツ市場をはじめあらゆる業界で活躍する可能性もある。
「実際にジムにも営業をしに足を運びました。何度も何度も訪問するので、最後は嫌がられましたが(笑)良い経験でした」

Urinaを製品化したプロジェクトメンバーとの集合写真 グループ報“しま津”515号「百花繚乱」より
Urinaを製品化したプロジェクトメンバーとの集合写真
グループ報“しま津”515号「百花繚乱」より
Urinaの製品化前の試作機を学会にブース出展。多くの医療従事者に実機を見せて触ってもらいました。
Urinaの製品化前の試作機を学会にブース出展。
多くの医療従事者に実機を見せて触ってもらいました。

経験を総動員して新規ビジネスをサポート

そして2019年、ふたたび声がかかった。iCAPの投資部への出向者として抜擢されたのだ。iCAPには、さまざまな事業会社からメンバーが集まっていたが、機械系の人材は少なかった。そこで島津で新規事業企画を経験してきた橋爪さんに白羽の矢が立った。

「ベンチャーキャピタルの仕事を勉強してこいと言われて。新規事業開発は、こちらが提案する側でしたが、今度は経営者が提案する事業計画書を吟味して、お金を出すかどうかを決定する立場です。財務や法務を見る目も必要で、会社が成長できるよういろいろ手伝うのも新鮮でした。まだまだ勉強中ですが、会社の成長を支援する立場で必要な感覚を持てるようになりました」

新事業開発室で経験していた「企画して作って売る」という仕事に、それをプロデュースして事業として成功へ導くという「次元」がもうひとつ加わった形。多くのアイデア、多様な人々が集う場所で、橋爪さんの仕事は、3次元化にいたったといえるだろう。

2022年6月、スタートアップのメロディ・インターナショナル(以下メロディ)、島津製作所、京都大学、熊本大学が共同で妊娠うつ・産後うつの予兆検知技術の開発に取り掛かった。
香川大学発のスタートアップであるメロディの心拍変動解析技術と島津の心電デバイスが組み合わせることで、「自律神経のバランスが崩れる予兆の検知技術」を開発している。
実はこの案件は橋爪さんが投資を担当した。

「昔から注目していて投資したメロディから、島津のこういう装置使いたいんだよねと相談されて、iCAPとして島津をお繋ぎしました。スタートアップにとって、事業会社と繋がるとニュースバリューが出る。プレスリリースが打てて企業の価値も上がる。それをコーディネートしました」

技術者時代を含めた橋爪さんのキャリアと経験を総動員した集大成といえる。

成果を出し続けるということ

入社からこれまで、数年単位で新しい仕事へ声がかかり、いろいろな事に携わってきた。そのたびに、橋爪さんは技術者からどんどんビジネスの方向に変化している。
その自身のキャリアについて、
「いまさらソフトのコーディングもできないし、実験もできない。技術者としてはもう戻れないと自覚しているので、こういった新しい仕事をさせてもらえることに『しがみついている』という正直な気持ちもあった」という。しかし、

「いままで3年単位で新しいことをやってきた人生を考えると、あまり先のことを考えても仕方ないし、どうなるかわからない。自分がこうしたいと思ってもできるかわからない。それなら、これまでの経験を積み重ねた今の自分で人生の流れに任せるほうがいいと。『今ここで』しっかり実績をつめば、また次につながりますから」

「いまの仕事は面白い経験をしているし、ベンチャーキャピタリストってそもそも数が少ないので、珍しい仕事をやらせてもらっているなと感謝しています」

その感謝の気持ちに、成果で応えるのが橋爪さんの流儀だ。

「成果にはこだわりますね。与えられた仕事で実績を上げる。プロセスよりは成果が全てだと思うので」
という橋爪さんは、かなり厳しい人に聞こえるが、成果の置き所に理由がある。

「私が大事にしているのは『御恩と奉公』です。それぞれの仕事でお世話になった人がいますから、報いたいという気持ちが強いんです。直接恩を返せなくても、成果を出すことで会社の業績に貢献し、社会に還元していけば恩返しになる。だから成果にこだわっています」

まもなくiCAPへの出向期間(2022年12月まで)が終了する。外のリアルな現場を見てきた立場で、島津がさらに良くなるにはどうしたら良いかを聞いてみた。

「島津でいろいろな仕事をしてきたと思っていましたが、外に出ると本当にさまざまな経験をしてきた人がもっといました。同じような人が集まるよりも、多様な経験や考え方を持つ人が集まるほうが、より多くの可能性が生まれることを実体験しました。多様な人が集まると、乱高下するふり幅は大きくなりますが、そのぶん成長や成功は大きくなります。そういう意味では、島津の社員は若いうちからの個々の実践力・経験がまだ圧倒的に少ない。そこをもっと強化すべきだと感じています」

これまで、与えられた仕事に全力で応え、それぞれの場所で成果を出すことにこだわってきたことが、次の仕事につながり、ビジネスの次元を超えた幅広い経験のもとで成長を続けてきた。

そんなキャリアを繰り返してきた橋爪さんは、インタビューの間、「器用貧乏なので」と終始控え目だったが、隠しきれない誠実さと熱い志は、話の一つひとつに溢れていた。

余市蒸留所を見学。ウイスキーが好きで、飲むだけでなく収集と蒸留所巡りも趣味です。
余市蒸留所を見学。
ウイスキーが好きで、飲むだけでなく収集と蒸留所巡りも趣味です。
ダブリンのジェイムソン旧蒸留所を見学後にテイスティング。
ダブリンのジェイムソン旧蒸留所を見学後にテイスティング。

※登場する社員の所属・役職名は
記事公開当時のものです。