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島津のがん医療支援

がんの苦しみをなくしたい

30年以上にわたり、日本人の死因1位を占めるがん。
国をあげてがん対策がなされるなか、「科学技術で社会に貢献する」を社是に掲げる島津製作所も、さまざまな技術で、がんに立ち向かっている。

高齢化ががん患者増をもたらした

近年の調査によれば、日本人のおよそ半数が一生のうちになんらかのがん(悪性新生物)にかかり、3人に1人ががんで亡くなっている。もちろん死因のトップで、これは1981年から変わっていない。がんは、まさに国民病といっていいだろう。
その主な要因には、肉を中心とした食生活の欧米化や、検診受診率の低さがあるが、高齢人口の増加という要因もある。がんは、遺伝子のミスコピーによって発生する。若く健康な間は免疫力が高く、ミスコピーによってできた体内の「異物」を排除しているが、免疫力が低下した高齢者は、がん化した細胞が成長しやすい。1981年当時の平均寿命は、男性73.79歳、女性は79.13歳。2015年は、男性80.79歳、女性87.05歳で、30年強で、約7歳伸びている。単純にはいえないが、高齢者が増えていることが、相対的ながん罹患者数を押し上げている一因となっていることは疑いがなさそうだ。
一方、これは他の病気に比べ、がんの予防や治療が難しいことをも意味している。1980年代の初めまで、死因のトップだった脳血管疾患、トップ3の常連である心疾患も生活習慣病で、高齢になるほど患者数が増える病気だが、血栓を溶かす優れた薬の登場、詰まった血管を内側から広げるカテーテル治療や、それを容易にする画像診断装置などの技術が発展しており、治癒する例が増えている。もちろんがんの治療も日進月歩で進んでいるが、患者数増加の勢いがそれを上回っているということだ。

健康への願いを実現するために

こうした状況を受け、国もたびたびがん対策をかかげ、施策を実施している。2015年には「がんサミット」が開催され、さまざまな調査結果などを踏まえ、「予防」「治療・研究」「共生」を3つの柱とする「がん対策加速化プラン」を策定し、広く社会に向けて対策を呼びかけた。
医療に携わる装置メーカーでもある島津製作所にとっても、がん対策は注力事業だ。医療用のX線撮影装置、いわゆるレントゲン装置を100年以上も前に日本で初めて製品化したパイオニアとして、医用機器事業による社会貢献に力を入れてきた。さらに、日本最大の分析計測機器メーカーとして、環境や食品、エネルギーなど、ありとあらゆる分野の発展に関わってきたなか、診断薬や治療薬の開発に関わる医療分野にもこれまで多くの分析装置が用いられており、さらに用途が拡大している。
また、自社での技術開発にとどまらず、国内外の大学や研究機関との共同研究・開発を強化し、さらなる貢献策を模索している。
もっとも有望な貢献策の一つに、がんの超早期診断がある。がんは粘膜の上皮細胞に発生(ステージ0)し、成長すると筋肉の層に到達(ステージ1)、さらにリンパ節に到達し、転移を起こすと治癒が難しくなる。逆にいえば、早期発見できれば、完治できるケースも多い。
超早期診断には、医療用画像診断装置だけでなく、分析装置を用いる方法もある。血液や尿に含まれる脂質やアミノ酸などの代謝物を調べ、健常者と比較して、がん患者だけに見られる特徴的な傾向を捉えてがんの兆候を発見しようとする手法がその一つだ。分析装置の中でも、より精密に分析ができる質量分析計によるがんのスクリーニングは、大腸がんなど一部のがんでは、すでに実用段階に近づいているものもある。その他にも、これまでたびたび本誌で紹介してきたように、国内外を代表する多くの研究者によって、さまざまな手法が研究され、その実現を支える装置として、分析装置のさらなる精度の向上が進んでいる。
一方、治療の領域では、自分でコントロールできない動きを伴う臓器の腫瘍に、放射線をピンポイント照射する際の支援装置として、放射線治療装置用動体追跡システム SyncTraXを製品化するなど、近年、外科的手術を支援する装置の開発にも注力している。
また、近赤外光カメラシステムLIGHTVISION( ※コラム参照)は、組織表面下のリンパ管や血管を見える化する装置で、手術中にリアルタイムに観察ができるため、手術成績の向上や縮小化手術に貢献する。
「『人と地球の健康』への願いを実現する」を経営理念に掲げる島津にとって、がん対策への貢献は使命ともいえる。多くの人をがんから救いたいと真摯に研究し、治療に携わる国内外の研究者や医師、技師の想いをより早く具体的に実現するために、これからも世に技術を提供し続ける。創業から140年を超えてもなお、果たすべき使命は多い。

「医療を支える島津の装置」予防から診断/治療、予後の管理までサポート

医療を支える島津の装置

※装置写真は一例です

外科的手術を強力に支援する近赤外光カメラシステム LIGHTVISION

近赤外光カメラシステム LIGHTVISIONLIGHTVISIONは、近赤外光を用いてリンパ管や血管を“見える化”する装置だ。近赤外光に反応して光を発する特殊な薬剤を投与することで、およそ1~2cmの深さにあるリンパ管や血管に薬剤が流れている様子を手術中にモニターに映し出すことができる。
近年、特に乳がん手術ではセンチネルリンパ節生検という検査方法が注目を集めている。センチネルリンパ節とは、がんの病巣に一番近いリンパ節で、“見張りリンパ節”とも呼ばれる。がんはリンパ管を通って転移するが、病理検査でこのセンチネルリンパ節に転移がないと判断された場合は腋の下のリンパ節(腋下リンパ節)の切除が省略でき、上腕の運動障害や知覚異常、腋の下の浮腫や腕のむくみ(リンパ浮腫)などの後遺症を軽減できるので、乳房でを温存することと同様に大きなメリットがある。このセンチネルリンパ節は肉眼では特定することができないため、従来は色素法やラジオアイソトープ法が使用されてきたが、LIGHTVISIONを用いてリンパ管を“見える化”することで、より確実に特定できると期待が高まっている。
この装置はもともと創薬研究で定評のあった島津の分析装置の技術が基になっている。このLIGHTVISIONをはじめ、島津が持つ分析計測技術を医療分野に応用する流れは、世の中のニーズとともに本格化している。