challenge 社会課題への挑戦

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がん・認知症の超早期診断で健康寿命の未来を拓く

数滴の血液から、がん・認知症の「超早期診断」を目指して

ノーベル化学賞に輝いた技術で早期診断に革命

65歳以上が人口の約3割を占める日本は、世界で最も早く高齢化が進んでいます。現在、世界人口の65歳以上の割合は約1割ですが、40年後には約2割へと倍増すると推定されています。「平均寿命」が延びる一方で、元気に過ごせる「健康寿命」との差が大きな社会課題になっています。いつまでも健康で自立した生活を送るためには、病気の小さな兆候を見逃さず、いち早く発見して治療することが大切です。これまで島津では、「血液数滴による病気の超早期診断」を目標に掲げ、実現のための技術や装置の研究開発に取り組んできました。体に負担が少ない方法で検査ができれば、多くの人が検査を受けやすくなり、病気の早期発見につながります。

島津が病気の早期発見に革命をもたらしたのは、タンパク質の分析技術です。タンパク質は、生物の重要な構成成分であるだけでなく、ホルモンや代謝酵素、免疫物質などになり、私たちの体を正常に働かせる役割を持っています。しかし、このタンパク質の構造に異変が起きるとさまざまな異常(病気)を引き起こすことが分かっており、体内のタンパク質を調べることが病気の診断につながるのです。ところが、タンパク質をそのままの状態で計測することは非常に難しく、長らくの課題とされてきました。それを可能にしたのが、1970年代から質量分析計(MS)の技術開発に取り組んできた島津の研究チームだったのです。タンパク質を壊さずにイオン化して質量を測る「ソフトレーザー脱離イオン化法」の開発。この偉業は世界的に高く評価され、島津の研究チームに在籍していた田中耕一は、2002(平成14)年にノーベル化学賞を受賞。それ以降、多くの研究者によって技術が発展し、さまざまな病気の診断や薬の開発に応用され、がんの早期診断につながるバイオマーカー(疾患の有無や治療効果の指標)の発見にも役立っています。

アルツハイマー病の可能性を測る分析法を開発

島津では、細胞の働きを画像で確認するPET装置も、MSと同様に長年かけて開発してきました。2000年代に入ってから全身用のPET装置が、がんの検査において一気に普及。その後、島津は2014(平成26)年に乳がんの早期発見に貢献するために高性能な乳房専用の装置を開発しました。さらに2020(令和2)年には、新しい検出器を完成させて、認知症も対象にした頭部・乳房用の装置を開発しました。
このようにがんの検査に広く使われているPET装置ですが、実は島津が最初に手掛けたのは、頭部用でした。認知症を含む脳血管障害を検査するために研究機関と連携して開発していたところに、がん診断のための薬剤が認可され普及したことで、PET装置はがん診断用として広く利用されるようになったのです。

PETシステム
PETシステム

認知症において、最も患者数が多いのはアルツハイマー病。患者の脳には「アミロイドβ」というタンパク質の異常蓄積が見られ、これが病気の発症に大きく関係していると考えられています。脳内のアミロイドβの蓄積状態を調べるには、PET装置での検査が最も正確です。そのためPET装置をアルツハイマー病の診断に利用することは早い時期から考えられていました。

しかし、この検査はどこの医療機関でも受けられるものではなく、検査時間も長く費用も高額です。そのため、血液検査のような簡便な方法で、脳内のアミロイド蓄積を推定できないか、世界中の研究者が競って取り組んでいました。

そこで、島津はまたも革命を起こします。基礎研究から研究開発まで多種の分野において、内閣府が世界トップを目指した研究を推進する「最先端研究開発支援(FIRST)プログラム」に参画するなかで、当時不可能と考えられていた、数滴の血液からMSを用いてアミロイドβを検出する画期的な方法を開発しました。さらにこの方法を国内外の共同研究に用いて、血中のアミロイドβが脳内のアミロイド蓄積を推定するバイオマーカーとして有効であることを発見しました。この分析技術の研究論文は2014(平成26)年に国際科学雑誌『PJA-B』誌、2018(平成30)年に『ネイチャー』誌で発表され、世界中の認知症研究者に衝撃をもたらしました。それまで血液によるアミロイドβ蓄積に関する研究はなかなか前に進まない状況でしたが、これを機にさまざまなことが分かるようになっていきました。

質量分析計によるアミロイドβの検出
質量分析計によるアミロイドβの検出

認知症の研究と並行してアルツハイマー病の新しい治療薬の開発も進み、米国での承認に続いて、ついに日本でも一部が承認されました。治療薬の臨床試験の対象者はアミロイドβ陽性であることが必須条件で、これを判定するためにはPET装置か脳脊髄液を用いる必要があります。PET装置は治療薬の開発にも、なくてはならないものなのです。認知症治療は現在、ガイドラインが変わりつつある過渡期にあり、MSを用いて数滴の血液からアミロイドβが臨床診断に貢献するのはまさにこれから。「超早期診断」によって、早い段階で治療薬が処方されることで認知機能の低下を遅らせることにつながるのはもちろん、より効果の高い治療薬の開発に向け、その効能の検証のためにも島津の装置は活躍していかなければなりません。

機能しなくなった脳内の神経細胞を復活させる治療は、現段階では難しいもの。認知機能は人の尊厳を守る大切なものであり、ひとたび失ってしまうとケアのために多大な人手と費用がかかり、社会的な損失も大きいです。認知症の可能性を早期にとらえることで、進行を遅らせることができれば、健康寿命を延ばすことができます。島津の技術で、医療の未来に光を照らしていきたいと考えます。

体への負担が少ない、新しいがんの治療法の開発を支援

多くのがんは、現代においては早期発見できれば治る病気だと言われながらも、その治療における体への負担は大変大きなものです。薬剤や医療技術の進歩によって副作用などは軽減していると言われていますが、闘病には大きな覚悟と負担が伴います。

そこで、がん細胞に選択的に働きかけることで体にできるだけ負担をかけずに治療する方法として開発されたのが「光免疫療法」です。その方法は、あらかじめがん細胞に選択的に集積する薬剤を注射しておき、がん細胞に近赤外光を直接照射し、薬剤の光反応によってがん細胞を破壊するという仕組みです。正常な細胞をできるだけ傷めることなく、がん細胞を選択的に攻撃できるので、他の細胞や臓器への影響を少なくすることができます。さらに破壊された細胞により免疫細胞を活性化させる働きもあることが分かっており、実用化が期待されています。

この光免疫療法を開発したのは、京都大学で放射線科の臨床医として勤めた後、現在アメリカ国立がん研究所(NCI)の終身主任研究員に就かれている小林久隆先生です。光免疫療法は外科手術、抗がん剤(化学療法)、放射線治療、免疫療法に次ぐ、第5の治療法として大きな期待が寄せられており、現在、日本国内において末期の頭頚部がんを対象に臨床での治療が行われています。

島津は、NCIをはじめ国内の大学病院や国立がん研究センター等と、治療前の診断と薬剤集積状態、治療中には治療の進行度、予後管理として治療効果や免疫獲得状態の確認のために、近赤外光カメラシステムや液体クロマトグラフ質量分析計などを使った臨床研究を実施しています。

現在、光免疫療法は、適用部位やがん種の拡大、治療方法の最適化に向けてさまざまな臨床試験や臨床研究が実施されています。今後はそのなかで、多くの課題が生まれてくると考えられます。島津は保有する装置や技術によってそれらの解決を試み、安全安心で効果的な治療法として確立され、医療現場で広く普及されるように支援していきます。体への負担が少ない新しい治療法によって、がんに苦しむすべての人が前向きに治療に臨めることを願っています。

島津は、国内はもちろん、世界各国の優れた研究機関や研究者と連携して、共同研究・開発を行ってきました。今後は、医療と分析の技術を融合させた先進的な健康管理として、「アドバンスト・ヘルスケア」という新しい価値を提供していきます。健康なライフサイクルを実現するための「超早期診断」「診断」「治療」「予後」の4段階において、それぞれに役立つ技術を開発し、人生100年時代をサポートします。この先もあくなき挑戦を重ね、医療技術の進歩を着実に支え続けていきます。

アドバンスト・ヘルスケア領域の研究拠点 ヘルスケアR&Dセンター
アドバンスト・ヘルスケア領域の研究拠点 ヘルスケアR&Dセンター