Vol.49 表紙ストーリー

Vol.49表紙
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「ソーシャルディスタンス」は、私たちの生活にさまざまな制約を課し、変化を要求しました。束縛のもとで人々の関心を集めたのが、単独での移動に適した自転車でした。
公共交通機関を避ける目的や、スポーツジムの利用が困難になったこと、低コストや手軽さ、加えて脱炭素の風潮が拍車をかけたのではと分析されています。2020年米国での自転車販売台数は前年の2倍を超え、売上額は54億ドルにのぼりました。また、ロンドンでは2021年から22年にかけて、自転車利用者数は40%も増加しています。

「制約」という言葉には、変化を強いるイメージがつきまといますが、気づきやひらめきにつながることもあります。

ジャズの帝王、トランペット奏者のマイルス・デイヴィス。ミュート(音色や音量を変える道具)を使った奏法は彼の代名詞ともいえますが、そのきっかけは意外なものでした。
1945年当時、ビバップの巨人ディジー・ガレスピーは、トランぺッターを志す者なら誰もが憧れる存在でした。疾走感と聴衆を魅了する、突き抜けるようなハイノート(高音)。マイルスも例外ではありませんでした。
低評価に思いあぐねていたマイルスは、あるとき巨人に訊ねました。「あなたのように吹くには、どうすればいい?」「俺と同じように演奏しているじゃないか。ただ、その音域が低い(高音が吹けてない)というだけさ」。
その答えに、自分は決してディジーになれないと悟ったマイルスは、自分の音を探します。そしてトランペットの醍醐味である「高音」が苦手という致命的な制約のなかで、ミュートとマイクをエフェクターとして駆使した「自分の音」にたどり着きます。
「卵の殻の上を歩く(walk on eggshells:繊細・用心深く振る舞う)」と絶賛された「自分の音」を武器に、先駆者は帝王への道を駆け上がっていくことになります。

「制約」はまた、行動の迷いを消し去ることもあります。

約40年ぶりに再登板となった交通標語「手をあげて横断歩道を渡りましょう」。信号機のない横断歩道が歩行者優先であるルールの啓発と、歩行者の「ながらスマホ」による横断意思の不明瞭さがまねく事故の防止がその理由です。

この標語が生まれた1950年代後半は、急激なモータリゼーションの発展に比例して増え続ける交通事故に警視庁も頭を悩ませていました。相談を持ちかけたのは、後に年間来場者日本一のテーマパーク誘致に尽力し、当時ラジオ・テレビのプロデューサーだった故・堀貞一郎氏でした。提示された予算はたった500万円。放送料金や各局へ納品するテープ代などの諸経費を考えると、制作にあてる費用の捻出に頭を抱えたのではないでしょうか。

打開策を見つけるために堀氏が取った行動は、大胆なものでした。自ら警視庁に乗り込んで、膨大な数の事故ファイルを洗いざらい調べあげると、事故の1/3が横断歩道で起きていることを突き止めます。パトカーに同乗した現場調査では、横断者とドライバーの双方がヒヤリとする場面に何度も遭遇し、歩行者の横断の意思が運転者に伝わらないことが、事故原因だと断定します。そこで生まれたのが前出の標語です。氏はこれを自作の歌にしてテープに吹き込み、各地の放送局で流しました。果たして、右肩上がりを続けていたグラフは初めて減少に転じたそうです。

制約は人に変化を促すと同時に、ときに一本道を照らし出すように、考えるべき問いや取るべき行動の補助線となって導いてくれるのです。

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株式会社 島津製作所 コミュニケーション誌