学芸員モノ語り

収集レポート
『木板 分福茶釜について』

この度、京都市上京区の法輪寺(達磨寺)より二代目島津源蔵直筆の木板「分福茶釜について」を寄贈いただきました。

この木板は昭和15年(1940)、二代目源蔵が70歳の時に書いたもので、住まいである暁雲山荘(京都北白川瓜生山、1万2千坪の山荘)の中に建つ東屋式の庵に掲げられていたそうです。昭和37年(1962)に庵と共に法輪寺へ移りましたが、今回、同寺のご好意により当館へ里帰りが実現しました。

暁雲山荘にあった頃の庵
暁雲山荘にあった頃の庵
移築された後の庵 【法輪寺】
移築された後の庵 【法輪寺】

大きさ縦32㎝、横113㎝のヒノキ板に思いのたけをぶつけるようにびっしりと書かれているその内容は、蒸気の力についてです。

「日本では、沸騰する茶釜の蓋が踊って発する音を、山間の村々で、時を告げる合図として利用されるなど、一千年の昔から、蒸気の力は日常的に素朴な形のままで活用されてきたのに対して、170年前に英国のワット(James Watt、1736-1819)はこれを熱エネルギーとらえ、蒸気機関を発明した。これを動力源として急速に工業化が進み、産業革命が起こったことを考えると、発明のヒントが周囲にありながらこの彼我の相違はただただ残念である」と綴っています。

木板「分福茶釜について」 【展示中】
木板「分福茶釜について」 【展示中】

法輪寺には、二代目源蔵が敬っていた学問の神様(天神様)の祠や不動明王も祀られており、「二代目源蔵さんは、科学の世界を生きた人であり、自身の能力が及ばない部分に対する帰依する心のあった人」と住職の佐野泰典師は話してくださいました。

科学的に物事や現象を見る心の大切さと、謙虚な姿勢、こうした二代目源蔵の精神を伝え継ぐ貴重な資料がまた一つ収蔵品に加わったことを大変うれしく思います。

二代目源蔵ゆかりの不動明王 【法輪寺】
二代目源蔵ゆかりの不動明王 【法輪寺】

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