生物多様性を利用した 環境技術開発の支援

生物多様性を利用した
環境技術開発の支援


地球上にはさまざまな動植物によって多様な生態系が構成されています。
昨今、この生態系から我々人間が恩恵(サービス)を享受する上で、「生物多様性」の保全、持続的な利用、衡平な配分が、国際的にも注目を集めています。
生物多様性を利用した環境技術開発の最前線を担っている、大阪大学大学院工学研究科環境・エネルギー工学専攻の池道彦教授にお話を伺いました。

まずは池先生のご研究内容について ご紹介いただけますでしょうか。

私の研究は主に植物や微生物といった自然界の力を上手く使って、排水や土壌の浄化技術を開発するものです。元々、地球システムや自然界は非常によくできていて、よほど無茶をしない限り、自浄作用によって環境は一定の状態でバランスしています。しかもこの働きの一端を担う植物は光合成によってエネルギーを自給しながら、自ら増えていくことができるので、ある意味永久機関のようなものともいえます。そこに注目し、工学屋として、植物や微生物の持つ汚濁物質の分解能力などを上手く引き出すための「装置化」について研究をしています。
以前は「エンドオブパイプ(End-of-Pipe)」と呼ばれる、いわゆる「静脈」的な排水処理などが中心でしたが、最近では資源の回収や循環といった、ものづくりにも関わる「動 脈」も一体化させることを考えています。

具体的にはどのような方法でしょうか?

例えば、科学技術の進歩によって近年大量に使用されるようになってきたレアメタルという物質の一群がありますが、これらは現代の産業界にとっては非常に有用なものである一方、排水や排ガス中に濃縮して排出されることによって、環境汚染の原因にもなっています。具体的には、セレン、ニッケル、アンチモンなどの元素は、すでに環境基準などの規制項目に定められています。
この中の「セレン」という元素は、微量であれば人間にとっては必須栄養素であり、産業界においても、半導体合成やコピー機の感光ドラムの材料など、多様な用途があります。しかし、精錬工場からの排水に高濃度で含まれていたり、石炭火力発電所などからも排出されており、水環境や土壌環境における悪影響が懸念されています。現状では、セレンは物理化学的プロセスで多大なコストとエネルギーをかけて除去されてはいますが、最終的には有害性のない程度に希釈するか、埋立処分するかでしかなく、リサイクルされないままになっています。
ここで、物理化学的なプロセスと比較して、安価にエネルギーもさほどかけずに無害化処理とリサイクルを両立させることができるのが微生物です。微生物の中には、排水中に溶けているセレンを上手に取り込んで回収し、体内に蓄えるものがいますので、これを利用します。さらに、カドミウムという有害元素も一緒に取り込んで、半導体である「セレン化カドミウム」という物質を合成することができる微生物もいます。このことは、有害金属を含む排水を処理しながら、付加価値の高い材料に転換するという新たな「ものづくり」の可能性を示しています。

微生物は「浄化」や「資源回収」を担う 理想的な触媒と思えてきましたが、 逆に何か問題はないのでしょうか?

微生物によって引き起こされるさまざまな作用は「代謝」と言いますが、このプロセスで生じる「代謝物」にはやっかいなものが含まれることもあり、その対策が必要です。微生物は化学的には予測し得ないような中間代謝物を生成してしまうことも少なからずあり、結構難しいのです。例えば、ノニルフェノールエトキシレートという洗剤を微生物が分解すると、より毒性の高い代謝物が蓄積してしまい、これが魚のオスをメスに性転換させてしまう環境ホルモンであることが知られています。洗剤は除去できるものの、別なリスクを生み出してしまうのです。
そのため、微生物を化学物質の分解に利用する際には、代謝物の中に、こうした有毒なものが生成されていないかを調べる必要があります。これは言わば、薬の副作用を調べるような工程です。また、どのような生育環境でどんなエサを与えることで、より微生物の代謝が促進されるか、あるいは完全な分解が生じるかということも重要な調査対象です。先ほどのセレン関連の研究では、水の中に溶けていたセレンを微生物がしっかりと取り込んでいるかどうかも確認する必要があります。

非常に多くの項目を調べる必要が あるのですね。

こうした調査・分析の段階では、島津製作所さんのLC※1やGC※2などの分析装置を使った、さまざまな化学物質の分析をしています。なかなか全ての分析装置を所有することもできませんので、時には阪大の他の研究室で所有しているEDX※3などの装置を借りて分析することもあります。未知のプロセスを解明するという我々の要望に対して、島津製作所さんには、どのような方法で分析をするべきか、コンサルティングに近い形で技術的な面からもご指導をいただいており、とても助かっています。
最近では浮き草と微生物との関係性に注目した研究も行っています。浮き草の根っこ(根圏)に、非常に優れた化学物質の分解能力を持った微生物が集まってくるという現象を確認しており、それを排水処理や環境浄化に活用しようという研究です。この優れた微生物の根圏への集積は、単なる偶然ではなく、浮き草が分泌するビタミン、タンパク質、アミノ酸、糖類などの何らかのコミュニケーション物質を介した反応によるものと考えています。この媒介物質の正体を分析していくことによって、より高効率な浄化システムが構築できるのではないかと考えており、そこでも化学分析は大きなカギになります。まだまだ実用化にはいくつものハードルがありますが、実際に使える技術としての研究をさらに進めていきたいと考えています。

LC:液体クロマトグラフ GC:ガスクロマトグラフ EDX:蛍光X線装置
※1 LC:液体クロマトグラフ
多くの成分が混ざっている試料を液体状態で分離することにより、試料に含まれる目的成分の量を調べる装置です。
※2 GC:ガスクロマトグラフ
多くの成分が混ざっている試料をガス状態で分離することにより、試料に含まれる目的成分の量を調べる装置です。 気化する成分について、液体クロマトグラフより高精度に調べることができます。
※3 EDX:蛍光X線装置
X線を当てることにより非破壊で試料に含まれる元素の種類と量を調べる装置です。

今後の研究の展望は?

これからの研究は「予見型」でなくてはならないと考えています。CO2も30年前くらいから問題視してこられた方はごく一握りだったでしょうが、社会経済の進展なども含めた解析をしっかりしていれば、温暖化という地球規模の現象をも全く想定できないものではなかったはずです。
私の分野では、水や土の生態系を徹底的に分析して、自然界と人間界のそれぞれの営みをしっかり理解していくことが必要だと考えています。それによって、次のリスクを早期に発見し、例えば人間界の営みである経済活動などを変えていくように働きかけていくこともできるでしょう。極めて複雑な自然界の営みの分析においては、島津製作所さんにこれからもお世話になることと思います。
また、このような形で生物多様性を「使う」というのは、単なる自然保護活動とは異なる側面があります。例えば、ある植物があって、その地域の固有種であるということのみでは、その保護を行っていく意義はわかりにくく、自治体が税金を使って保護していくことすら難しいかもしれません。しかし、その植物が根圏の微生物を巻き込んで水を浄化しており、有害な農薬や化学物質の分解もしているという付加価値を有していることが明らかになっていれば、「保全」することの意義が増すわけです。これによって、将来世代にも渡って生態系サービスを享受する仕組みができていけば、「衡平な配分」につながることも期待できるかもしれません。

ただ、実際には生物多様性を「使う」という表現は少しおこがましくて、最近では、環境保全のために植物や微生物たちに無茶をさせたり、酷使したりしているようにも感じています。彼らが好む好まざるに関わらず劣悪な環境にさらし、生きていくための生存能力の一部を借りて、私たち人間にとっての有用な面を引き出しているにすぎないのかもしれません。そういう意味では生物たちに少し申し訳ないですね(笑)。

それは非常に面白い視点ですね。
本日はありがとうございました。

大阪大学大学院
工学研究科環境・エネルギー工学専攻
博士(工学) 教授
池 道彦 氏

大阪大学大学院工学研究科博士前期課程修了後、企業勤務の後、1990年大阪大学助手採用。講師、助教授を経て、2006年から現職。この間、1998~1999年には文部省在外研究員としてドイツ・ハンブルクーハーブルク工科大学に留学。

※所属・役職などは、取材当時(2014年4月)のものです。

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