震災を受けての当社の対応

全国的な節電要請への対応

2011年、東日本大震災に端を発する原子力発電所の運転停止により、
全国的に電力需要が逼迫し、節電対策が要請された。
島津の生産拠点では、そのときどのような対応がとられたのか。
現場で対応にあたった担当者が、当時の経験を振り返った。

まず、2011度は本当に大変な1年となりましたが、皆さんにとっての契機はどのようなものだったでしょうか。

松田 元々、本社の位置する三条工場内に勤務していたので、三条工場の施設は十分把握していました。しかし、政府からの電気事業法に則った節電要請が出された地域の工場や事務所についての知識や経験が少なかったので、まずは現状把握に奔走しました。
植原 急に始まって、急に終わってしまったような、非常に目まぐるしい毎日でした。松田さんと共に節電対策の事務局として、最初に方針を立てた5月末から短期間のうちに計画を策定したり、準備しなければならないものを整理したりと、多くの作業に取り組みました。
嵯峨根 震災後、関西にまで節電要請が出るとは正直思っていませんでした。しかし航空機器事業部では開発試験や生産のために電力消費が大きな装置を多数所有していたこともあり、当初の5%程度の目標からさらに厳しい要請が出るだろうと事業部長にも予め打診をしていました。
小山内 秦野工場では節電などの話の前に、3月11日の震災以降、週明けの月曜日からガソリンや物資は手に入らない、計画停電が電力会社から発表される、という待ったなしの緊急事態でした。

秦野工場も該当した計画停電にはどのように対応されたのでしょうか?

小山内 震災翌週の3月16日16時半から22時までが最初の計画停電でした。当日、22時を過ぎたところで電気が戻るはずでしたが、周りがどんどん明るくなっても秦野工場だけはなぜか暗いまま。最初は何が起こったのかわからなかったのですが、電気設備の遮断装置を手動で復旧しなければならかったのです。寒い夜中に懐中電灯の明かりだけを頼りに図面を広げ、変電所の操作盤をようやく元に戻して家に帰る頃には日付も変わっていました。これまでに長時間停電の経験がなかったこともありますが、昼間の停電でも苦戦しました。緊急に配電盤に手を加え、非常用発電機を一般電源にも使える準備をしていたのですが、停電と復電を繰り返すのです。停電を検出して発電機を動かす回路と、発電機からの電気で“復旧した”として発電機を止める回路が交互に動作したためです。何とかこれも修復できた後には、計画停電はなくなりました(笑)。
松田 この当時、三条工場からも発電機を手配しようとしたんですが、なかなか手に入らず、夏場のピークカットにあわせる形でようやく手配することができた状態でした。関西圏でも夏場の節電要請が出たため、滋賀県の瀬田事業所でも導入しましたが、電力ベースでは使用量を削減しましたが、軽油の使用によりCO2排出量は若干増えてしまいました。

さまざまな対応が求められた中で、どのような節電対策を実施されたのでしょうか。

植原 まず、関係会社も含めた島津グループの全拠点に対して、現状把握のためのフォーマットを作成して節電計画の立案への協力を求めました。また、各種省エネ施策の効果の試算なども実施しました。
松田 このフォーマットは節電効果も算出するものでしたが、机上の空論に終わることなく、数値目標を算出することができました。ここからしっかりと計画を立てた頃になって、国からも似たようなシートが出てきました(笑)。
また、東日本の事務所レベルでは、元々専門的に省エネに取り組んできた人ばかりではなかったので、一般事務の方々にも分かりやすくするという点で工夫をしました。具体的な施策としては、事務用のLEDタスクライトの導入や空調の換気の見直しを行いました。また、個別空調設備の導入など、これまで準備してきた省エネ施策が非常に役立ちました。
嵯峨根 我々の部門では大型のコンプレッサーを有する設備を10台保有していて、1台で1,000kWの消費電力のものもあります。開発試験用なので常に使用するわけではないものの、これ1台で三条工場全体に1割ほど電力量が上乗せされてしまう規模です。実際には開発計画を夏場のピーク前に前倒ししたり、電力量の小さい生産用設備で代用したりしました。当初は夕方以降の運転であれば影響は少ないと見ていましたが、結果的にはほとんど実施することはありませんでした。
小山内 先ほどのような緊急時対応に加え、パソコンや電話などの通信手段の維持のため、UPS(無停電電源装置)を確保しようとしました。しかし用意できたUPSでは停電保持時間が短いため、UPSを改造し、ホームセンターで自動車用バッテリーをいくつも買ってきて、長時間使えるようにしました。また、秦野工場内の半導体機器事業部では太陽光パネルの製膜装置を製造していますが、この電力消費も非常に大きいものでした。2台同時に試験をすると、秦野工場全体の電力量が2割上乗せされるほどでしたので、18時以降の夜間と土曜日に運転時間をシフトし、ピーク電力を大幅に下げました。また、事務エリアを1ヶ所に集めることで空調と照明の効率化を図り、設備の省エネ改修工事も随分実施しました。

遮熱フィルムの施工

秦野工場での節電の様子

今回の出来事をきっかけとして、社内が変わったと感じる面はありましたか?

嵯峨根 先ほどの生産設備ほどの効果はないものの、事務部門に470台のLEDタスクライトを導入したことは、結果的に従業員の意識改革にもなりました。こまめな電源オフも定着して、事務部門だけで見ても1~2割ほどの電力削減になりました。また、生産現場からも省エネに積極的に取り組もうとする人が増えてきました。機械加工の職場からも加工設備の運転方法の改善など、多くの案が出てきました。各職場のプロが頭をひねって色々なアイデアを搾り出してくれたわけです。震災や津波による被害を目の当たりにしたことで、従業員それぞれが自らできることを考えた1年だったのではないでしょうか。
植原 事務局の立場からすると、各部門に対しては色々な報告や集計など、手間をかけていただいたことも多くあったと思います。しかし、どこの部門からも不満が出ることもなく、非常に協力的であったという印象です。
小山内 秦野工場も同じですね。設備の運転時間のシフトによって仕事時間もシフトせざるを得ない人もいましたが、皆さん協力的でした。節電で廊下も真っ暗、エレベータもお客様以外使用禁止にしましたが、不満は出ませんでした。
松田 逆に気付かされた部分として、当社の夏場の空調設定温度が28度であるということを知らない部門もありました。もちろん職場環境に応じた温度設定も必要ですが、思った以上に浸透できていなかったと痛感しました。

今年の夏は、関西圏を中心としてさらに厳しい節電要請や計画停電も予想されています。

松田 節電の前に確実な省エネ活動が重要と考えています。節電もできる限度があるので、単に時間をシフトすればいいというものではなく、固定分をまず下げなくてはなりません。コンプレッサーの配管からの漏れなどがあれば、そのまま費用とエネルギーの無駄になっているケースもあるので、しっかりとチェックしていきたいです。
小山内 秦野工場でもコンプレッサーの漏れを随分調査しましたが、やはり大きな改善になったことがあります。一方、生産現場で常に通電あるいは稼動している設備や、建物の遮熱性能などについては、まだまだ見直しの余地があると思います。
嵯峨根 昨年の経験として、関東の協力工場が停電で設備を動かせないという事態が発生しそうになりました。もしそうなれば部品が供給されず、当社から被災されたお客様への製品が供給できなくなる恐れもありました。非常に大きな問題で、その協力工場への発電機の手配や、他の地域への発注の割り振りなど、あらゆる対応を余儀なくされました。こうしたサプライチェーンの対応もさらに必要になってくると思われます。

本日はありがとうございました。

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