島津のダイバーシティ

社員インタビュー

手をつなごう
田中 小由紀
分析計測事業部 営業統括部
ヘルスケアソリューション営業課
どうしたらよりよい世界がつくれるか

「社員や関係者も含めて、みんなでよりよい世界を目指して、同じ方向を向いて動いていけることがいちばん大事。そのために、みんながポジティブなマインドでいられるようにすることを大切にしています」

分析計測事業部ヘルスケアソリューション営業課の田中小由紀さんの言葉は、どこかソーシャルビジネスのベンチャー企業やNPO団体の代表を思い起こさせる。横たわる課題を解決し、世界をよくしていきたいという思いが、言葉の端々ににじむ。

幼い頃、田中さんは一枚の絵に強く惹きつけられた。
「地球の周りをぐるりと子供達が手をつないでいる絵。いつかそういう世界にしたいな、作れたらいいなとずっと思っていたんです」

大学では国際関係論を専攻。戦争をどうしたらやめられるかが重大な関心事で、なんとか叶えられる道がないか研究と議論を重ねた。外務省や国連の関係団体を就職先に選んでもおかしくなかったが、田中さんは島津の海外営業を志望した。

「夢は幼い頃と変わってはいません。でも、いろんな仕事でそれは叶えられると思って。政策やボランティアで直接的に貢献する道はもちろんですが、島津のような社会貢献度の高い製品を届けることも、世界に役立てることにつながると思ったんです」

コミュニケーション・ドクターになりたい

社会人になるまでは、「何かやりたい人」と聞かれたら躊躇なく手を挙げるタイプだった。文化祭や体育祭も実行委員に立候補し、リーダーや副団長として、みんなでひとつの目標に向かって進んでいけるように導き、全員で達成できたことが楽しかったという。

しかし、社会に出て仕事する頃には、一番に手を挙げることはしなくなった。自分が引っ張ることよりも、前面に立っている人を支えたいと思うようになったからだ。
「自分のことをたとえ周囲に知られなくても、支えることで取り組みが動いていく達成感を知ってから、サポートのほうが好きになりました」

入社して最初に配属されたのは、医用機器事業部の国内営業である京都支店営業課だった。

「医用機器の説明をしようにも専門的すぎてちんぷんかんぷん。ついていけず、自分は知識で売るタイプではないと悟りました。じゃあ、何か違う方法はないか、できることはないかと必死で探しました」

気が付いたのは、製品以外のところで顧客に貢献する方法だ。

「お客様の組織のなかで、コミュニケーションがうまくいっていないケースもあるんです。現場の方は興味をもってくださるのですが、『OKが出ない』とおっしゃる。一方私がその相手の方にお話を伺ってみると、そういうことでもなかったり。お互いの意思伝達が少しずれてしまっているだけの場合が多いんです。そういうときには、自分が間に入り、聞き方を変えることで正しいことを伝える努力をしています。同じ話であっても相手の立場に立って話す。その組織内のコミュニケーションの状態を理解して、お互いに信頼してもらえるように関係者を繋いでいるような感じでしたね」

もともと人と仲良くなるのは早いほうだった。そこを活かしたのだ。
そして、もう一つ田中さんが続けてきたのが、客先の声を開発現場に届けることだ。

「お客様との距離の遠さから、開発陣に届く声はいつもクレームばかりなんです。でも、誰でも元気に働いたほうが良いじゃないですか。なので、いい声を届けたかったんです。忙しいときって技術の方たちは疲労感でいっぱいなので、そんなときに、お客様の『ここがよくて助かったよ』というお声があったら元気になってもらえるんじゃないかと」

そこまでやらなくても、という声があるのも知っているが、元気に働いたほうが、よりいい開発につながっていくと信じ、「自分だからこそできること」を続けるようにしている。

こうして自分なりの営業スタイルを模索し続け、入社3年目、自ら希望して海外営業に異動した。夢に一歩近づき、代理店や現地法人の営業サポートに携わってきた。

しかし、5年が過ぎたころには忙しさで自分のキャパを超えてしまい、新しく何かにチャレンジしたくても、行動する余力がなくなってしまった。
本来の自分ではないことに焦るなか、自分自身に変化を起こすのに時間がかかったが、あるとき、「自分はこの仕事をこういうふうにやりたい」と意識するようになったことで吹っ切れた。

別の視点を持ちたい、さらに別の地域を持ちたい、新しいことにもチャレンジしたいと周囲に伝えるようになりました。

アメリカの展示会にて。各国で同じ目標に向かってるメンバーと再会できると元気をもらえます。アメリカの展示会にて。
各国で同じ目標に向かってるメンバーと再会できると元気をもらえます。
アメリカ出張中の女子会。またがんばろうと思える癒し時間。アメリカ出張中の女子会。またがんばろうと思える癒し時間。
世界中から医療従事者の方々が集まる展示会、ここでの出会いがその後のお客様との関係に繋がります世界中から医療従事者の方々が集まる展示会、
ここでの出会いがその後のお客様との関係に繋がります

「一箇所に安定していたくないという気持ちがどこかあるんです。こういう場合、他社の友人だと転職をする人が多かったのですが、私は異動を選びました。包容力のある会社で働いているからこそ、その舞台の上ではどんどん新しいことにチャレンジして、自分が変わっていきたい。もし不安定なところに居たら、自分が安定しなきゃと思ってしまうかもしれません」

世界ブランドを構築したい

2018年、新設された営業戦略室に異動した。 営業戦略室は各国でバラバラだった営業活動に共通の仕組みを作り、海外事業の拡大戦略を推進していこうとする部門。本格的なグローバル時代に対応するために会社肝いりで設置された。もっともコンセプトこそ決まっていたが、何をするかはまったくのゼロベース。初日は一緒に配属されたメンバーと、「明日から何しようか?」と顔を見合わせたという。

営業戦略室設立メンバーでの集合写真、今はもっとメンバーも増え世界の営業拠点の力になっています営業戦略室設立メンバーでの集合写真、
今はもっとメンバーも増え世界の営業拠点の力になっています

まずは現状認識をと各国の子会社にヒアリングを重ねるなかで課題として浮かび上がったが「ブランドの認知度」だった。

「『ブランドネームがほしい』という声は大きかったですね。島津は日本ではそこそこ名が知られるようになりましたが、海外ではまだまだ。とくに強力なライバル会社がひしめく欧米ではそもそも認知度が低い。どうやって上げるのか。上げるとしたらどういうブランドイメージをつくるのか。その両方並行して考えていく必要がある。難問でしたけど、やりがいがありました」

ところが、異動から3年目、いよいよこれからというところで田中さんは営業戦略室を離れることになる。今回の異動先は分析計測事業部の京都支店営業課。コロナ禍が吹き荒れるなか、新発売された遺伝子解析装置AutoAmpの拡販部隊に加わったのだ。

「その直前、営業戦略室で世界中のエンジニアや営業から医療従事者への感謝のメッセージをWebで届ける仕事をしていたところでした。医療現場に対して、できることはなんでもしたいと思っていたところでしたので、断る理由はありませんでした」

再び国内営業をするとは思っていなかったが、PCR拡販事業という活動を通して、社会貢献のメッセージを伝えることは、自分のやりたかったことに繋がっていた。

2021年5月のいまも、田中さんはAutoAmpの拡販に奔走中だ。今の仕事も、営業戦略室時代に携わったブランドを作るという仕事につながっていると感じている。

TeamAutoAmpです!TeamAutoAmpです!
遺伝子解析装置AutoAmp、全自動のPCR検査装置です、検査体制の充実に少しでも貢献出来たら遺伝子解析装置AutoAmp、全自動のPCR検査装置です、
検査体制の充実に少しでも貢献出来たら

「ブランディングってどんな広告を出すかだけじゃなくて、どんな製品をどういう想いで提供しているのか、また、いま私がどう働いているかも、全国の医療機関に対しての強いメッセージになるんです。世界中の社員の一人ひとりがどんな意識を持つか、どんな姿勢で仕事に臨むか、そんなところから考えていく仕事をいつかやりたいなと思っています」

高校時代はサッカー部のマネージャーを務め、大のサッカーファン。お気に入りは、日本代表も務めた長谷部誠(フランクフルト)選手だ。

「すごく好きです。ボランチとしてチームのバランスをとってゲームをつくり、大声をあげて士気を高める。彼のような広い視野やゲームの流れを読む力を身につけられたらと。今はまだまだです。目の前のことに必死(笑)」

医療従事者の声を開発現場に伝える活動も、エンジニアたちの感謝の声を医療現場に伝える活動も、言ってみれば「医療」に携わる人達を繋ぎ、「健康への願いを叶える」というチームの目標達成に向けて田中さんが張り上げた〝声〟だ。

ゲーム中に厳しい表情を見せる長谷部選手を想像すると、田中さんもがつがつ自分のキャリアを築いてきたように感じてしまう。しかし本当は、幼いころの夢をただただ素直に、自分に正直に描いてきただけなのだ。 田中さんが見せるトレードマークのような柔和な笑顔が、それを物語っている。

家でのコーヒー時間の写真_旅行や出張に行く度に集めている各国マグ。毎日その日の気分で選びます。家でのコーヒー時間の写真_旅行や出張に行く度に集めている各国マグ。
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