島津のダイバーシティ

社員インタビュー

かけがえのない
一人ひとりのために
井上 信治
基盤技術研究所 研究推進室 研究支援グループ
槌音響く「けいはんな」にて

「ここらへんにホールができるんです。いろんな講演会や研究発表もできるようなね。こっちが食堂。委託業者はみんなの投票で決めました。みなさんが安心して働けるように、やれることはなんでもやりたい。現場立脚で世界と戦える研究所を作りたいんです」

パイルを打つ音が響く建築現場で目を輝かせるのは、基盤技術研究所研究推進室研究支援グループの井上信治さん。けいはんな学研都市にある島津の基盤技術研究所(以下、基盤研)の新研究棟の環境整備プロジェクトで実務リーダーを務めている。

建設中の基盤研新研究棟建設中の基盤研新研究棟

井上さんは、けいはんなに特別な思いがある。1995年に入社し、技術者としてすぐ基盤研の前身のけいはんな研究所に配属された。蛍光X線分析装置の検出器や、青色レーザー用素子など、半導体の研究開発を担当、それぞれ製品化もされた。

製品化を共にめざした後輩たちと製品化を共にめざした後輩たちと

順調に技術者としてのキャリアを積み重ねていたが、2001年、転機は激しい足音とともに訪れた。
この年、井上さんは島津労働組合のけいはんな支部長を任されたのだ。

「くじ引きで『あたり』を引いてしまったんです。誰かがやらなくてはならないのなら仕方ないか。と当初の意気込みはその程度でした」

社員のモチベーションが最大の資源

ところが、支部長になった途端、当時赤字になる見通しとなった会社が史上初の希望退職という「緊急施策」の実施を労組へ申し入れたのだ。それも120人という規模で。労組始まって以来の大事件だった。

当然、社員たちは猛反発した。 「『優秀な人から辞めていって職場が回らなくなる』と断固反対で、徹底的に抗いました」井上さんは若かったこともあり、文字通り「キャンキャン文句を言った」。

ところが、労組の中にも辞めたいという人の意思を尊重すべきだという声もあり、結局会社の申し入れを受け入れることになる。労組は会社側と協議を繰り返し、「退職勧奨はしない。募集期間は2週間限定で、もし応募が予定人数に到達したらその時点で打ち切り」という条件で折り合いをつけた。

実はこのとき、「応募はそれほど集まらないだろう。ゼロということもありうるのでは」という読みがあった。
果たして募集が開始されてみると、なんとその日のうちに定員を超える127人が応募。衝撃以外の何物でもなかった。

しかし、翌年の2002年、さらなる激動が、今度も突然やってきた。社員である田中耕一さん(現シニアフェロー)がノーベル賞を受賞したのだ。
経費節減で照明を暗くしていたオフィスが、社員の笑顔で一気に明るくなった。このニュースは、希望退職によって体力を戻そうとしていた島津にはずみをつけることになり、その後の奇跡的なV字回復につながった。

研究所にかかったノーベル賞のお祝い(2002年) 研究所にかかったノーベル賞のお祝い(2002年)

「しばらく経った後に、ノーベル賞が会社にとってどれくらいの経営的効果を及ぼしたかを議論した内容に触れる機会があったのですが、どう考えても受賞による直接の影響だけでは説明できない効果があったことがわかりました。いったいこれは何なのか。考えた末に出した私自身の結論は、社員のモチベーションが高まったことによる効果としか考えられないということ。同じ島津で働く自分たちは、世界からこんなにも高く評価される仕事をしているんだと、一人ひとりが誇りを持てた。それが経営を押し上げたんです。希望退職の悔しさと、ノーベル賞のときの笑顔は本当に好対照。僕らは従業員のモチベーションが、経営にいちばん大きなインパクトを与えるということを、身をもって社会に証明したんです」
この経験は、井上さんの心に深く刻まれることになった。

科学技術だけではない何かを届けるために

2003年、労組書記長から「文句ばかり言ってないで自分でやれ」と本部の執行委員にならないかとの誘いがあった。また、その2年後、技術者と執行委員の二役に奔走していた井上さんは頼もしく思われ、今度は専従役員にならないかと誘われた。
「悩みました。専従となれば研究職を離れ、休職しなければなりません。周りにも迷惑をかけることになる」
決心をつけさせたのは、意外にも『白い巨塔』というドラマだった。

原作は病院を舞台にした社会派小説で、医局制度の問題点や医学界の腐敗を鋭く追及したベストセラー。当時はリメイク版で、職場はその話題でもちきりだった。
そのうち同僚から1978年版を勧められたこともあり、リメイク版にはまっていた井上さんは、それを一気に見た。

「衝撃でした。二つのドラマでは設定に30年近い時代の違いがあります。かたやがんを医用機器を使って即座に見つけるのに、かたや開腹手術の上、検査でも長い時間がかかる。この30年で科学技術は天と地の差ほど進歩しました。ところがドラマの主題である医局内の権力争いや、遺族の悲しみ、怒りは、まったく変わっていないんです」

見終えた井上さんの胸にはある思いが去来した。
島津は「科学技術で社会に貢献する」を社是として掲げている。だが、科学技術だけが発展しても、人は幸せになれないんじゃないかと。

「技術者が世の中に製品を出すのには相当な努力と苦労が要る。それは世の中を良くしたいという想いがそうさせている。なのに、頑張っても世の中がそうならないとしたら、技術者の苦労は報われない。科学技術が社会に貢献するためには科学とは違う何か別の役割も必要なんじゃないか。そして何より技術者自身が活き活きと働けるようにしなければならない。そう思って専従を引き受けることにしたんです」
相談した家族や同僚はみんな反対だった。それでも決意を上司に伝えると理解してくれた。井上さんは、涙を拭いてけいはんなを後にした。くじ引きではない、自分の意思だった。

いい会社だからこそつぶすわけにはいかない

各支部からの要望を取りまとめ、会社と掛け合って待遇や制度を改善していく。本部専従役員は骨の折れる仕事だ。
「会社と社員の板挟みですからね。それでも、社員のモチベーションを上げることが会社の収益にもつながるという確信がありましたから、一生懸命やりました」

飛び込んだときの熱い専従メンバー(2005年、右から1番目)飛び込んだときの熱い専従メンバー(2005年、右から1番目)
初の海外出張は労使でのベトナムの訪問(2010年、右から2番目)初の海外出張は労使でのベトナムの訪問(2010年、右から2番目)

広く要望を聞いて改善策を作っても、すべての人にとって100%満足いくものを作ることはできない。結局、大方の人にとっては、もうちょっとどうにかならないのかというものにならざるを得ず、それでも根気よく説明し、納得してもらって、合意を形成していく。会社に直言もするが、頼りにされる存在でもある。

「会社で働いていて、こういう人が労組本部にいてくれたら安心だなと、そう思われる人をめざしていましたし、そうなりたかった」

育児や介護のための短時間勤務制度をはじめとする仕事と家庭の両立の諸制度や非正規雇用社員の待遇改善、賃金やボーナス制度の評価制度の見直しなど、これまで実現した施策の多くは、井上さんが専従役員となったときから取り組んできた課題だ。それだけ合意形成と会社との折衝には時間がかかる。最後は副組合長まで務め、気がつけば6期12年の時が過ぎていた。

「他の会社の労組とも話すことが多いのですが、島津は胸を張っていい会社だと言えます。働きやすい制度、長く勤められる仕組みが整っている。将来自分の子供を入社させてもいいかなと思う人も多いんじゃないでしょうか。ただ、いい会社だからこそ、つぶすわけにはいかない。利益を出して、競合にも勝たなければいけないんです。従業員を大切にするからこそ利益も出せる。それを証明しなければいけません」

副組合長として定期大会で方針を説明(2014年)副組合長として定期大会で方針を説明(2014年)
中央経営協議会で労組からの要望を説明(2015年)中央経営協議会で労組からの要望を説明(2015年)

「いま島津がいい会社なのは、私たちの先輩が汗水垂らして築き上げてきてくれた蓄積があるからです。決してお膳立てされたものではありません。それを感じて、同じ島津の一員として尊重しあって、支え合って組織を作り上げていく必要がある。仕事は決して一人ではできません。一人ひとりが現場を支えているからこそいい製品を世の中に送り出すことができ、社会に喜ばれて利益を頂いている。もっともこんな言葉が出てくるのは、年をとったせいかもしれませんが」と頭を掻く。

2017年、井上さんは労組専従役員を辞して、組合専従を経たあとのキャリア形成の先駆者として基盤技術研究所に復職した。送り出してくれた職場が、いままた快く迎え入れてくれたのだ。

基盤研研究支援グループの皆さんと(前列左から3番目) 基盤研研究支援グループの皆さんと(前列左から3番目)

復職後は、けいはんなの新研究棟建設で、会社、業者と社員個々人の意見を取りまとめ、組合時代で培った合意形成構築のスキルを活かして活躍中だ。
立場は変わったが、働きやすい職場をつくるために意見をまとめ、会社と掛け合うという点では、似た仕事を続けている。

「勝手を言って飛び出した私を許し、出戻りの私をまた笑顔で迎えてくれた。けいはんなの皆さんには、どれだけ感謝しても足りません。この人たちに、なんとしても恩返しをしたいんです」
言い終わる前に、一筋の涙が頬を伝った。

かけがえのない一人ひとりの社員が活き活きと働けるために。あの時、ノーベル賞がみんなを元気にしたように、会社をそして社会を元気にする研究所でありたい。井上さんの思いを乗せた新研究棟は、2020年10月に竣工する。

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