島津のダイバーシティ

社員インタビュー

世界は自分で変えられる
マーケティングの
水先案内人
岡崎 直美
Marketing Innovation Center
外から島津を見てみれば

「日本に帰ってくると、こういうのがいっぱいあるからうれしくて。シンガポールには? ないない。これは日本独自の文化ですね」
と、ミネラル分が強化された機能性のお茶で喉を鳴らすのは岡崎直美さん。2017年にシンガポールにできたマーケティングイノベーションセンター(MIC)で、全世界向けにデジタル・マーケティングを中心とした活動を展開している。
「2016年に参加した研修のまとめで、将来島津が目指すべき目標として社内外に向けて徹底的なデジタル・マーケティングをするべきだとレポートを書いたんです。そうしたら突然シンガポールに行ってくれと言われて」
不遇を嘆いているようにも聞こえるのは単身赴任となってしまったからだが、仕事人としては、宿願である本格的なデジタル・マーケティングをスタートさせる機会の到来として好意的に受け止めている。

ファミリーデイイベントで
ユニバーサルスタジオシンガポールへ(2017年)

2008年にキャリア入社。前職の外資系競合メーカーでマーケティングをベースとしたビジネスを体感し、戦略の巧拙で売り上げが大きく変化する面白さに目覚めた。また前職で経験したシンガポール勤務は日本人が一人だけで、世界各国から人が集まるボーダレスな環境で、英語も学び、日本とは違う働き方も身につけた。
島津に入社後は、当時できたばかりのグローバルマーケティング部に所属し、世界を飛び回って島津の分析装置の認知度向上に努めてきた。だが、なかなか思っていたような動きができず、もどかしさを感じていたこともある。
「前職の競合と島津は、分析計測事業の規模でいえばだいたい同じです。でも、マーケティングにかける予算は、2桁違っているんじゃないかと思うくらい。お客様の認知度から売り上げまで、マーケティング活動の差はビジネスの成果に大きく影響するはずです」

トルコの製薬セミナー(2014年)
イスタンブールは人々も街も魅力的

「良いものを作れば売れる」と言われた時代が過ぎて久しい。良い製品だし、肌感覚で売れているからいいだろうと思っていたものの、あれよあれよという間に競合に顧客を奪われ、海外市場から退場させられた日本企業の例は枚挙にいとまがない。ターゲットとなるお客様を正確に把握し、市場や競合の動向を見極めて、お客様が求める価値を届ける「マーケティング」が企業にとって最重要の武器であることを、岡崎さんは訴え続けている。
「グローバルマーケットでビジネスを伸ばすために、まず島津が取り組むべきことは、島津を知らない世界中のお客様にメッセージを届けること。そのためには、ただメッセージを発信するのではなく、お客様に伝わるものにするために、どんな媒体でどういうキャンペーンを打つかを、スピード感をもって決めていくことが大事です」と語気を強める。

さらに、「これは分析事業に関わるスタッフ全員に知ってほしいと感じているのですが」と前置きし、
「分析装置ビジネスほど、おいしい業界はそうそうないんです。私たちのお客様が担われている分野は、ライフサイエンスや製薬、食品関連など、世の中・人類にとって必要不可欠で、かつ伸びている市場。だからこそ、私たちが提供する装置や技術が大きな付加価値を持っています。しかも規制がからむので参入障壁も高いという点も恵まれています」
そんなこともあってか、分析装置メーカーをやめた営業やマーケティング専門家は他の業界へ移ることがあまりなく、同業者間を渡り歩くのが常だという。結果自然にお互いの内情もよく知るところとなる。そんななか、「あそこだけは謎だ」と衆目の一致する会社があった。それが島津製作所だった。

「日本では同業他社に島津出身の人がいないんです。 もちろん、島津にも辞める人はいます。でも『おいしい』はずの同じ業界にはなぜかいない。理由はいろいろ考えられますが、島津にマーケティングの文化が根付いておらず、仕事の仕方が違うことも影響しているのでは」
だからこそ、岡崎さんは島津を変えたいと強く思っている。
「いつか、『うわ、島津がこんなやり方してきた』と昔の知り合いが驚くような方法で、島津のマーケティングを成功させたい。そうすれば優秀な人がさらに集まってくるでしょうし、世界でのプレゼンスも高まってくるはずです」

上海で開催されたグローバルマーケティング会議にて(2019年)
彼を知り、己を知れば

高校2年生までは文系で、将来は英語や歴史・文化を勉強して、外国人観光客のためのツアーガイドになりたいと考えていた。そんなある日、化学の授業で出会った化学式に衝撃を受けた。
「ビニールにもこの私の体にも、同じ炭素が入っているなんて、すごくないですか。すっかり感激してしまって」猛勉強の末、理学部に入学した。
新卒時は化学メーカーの研究職として就職。1998年に島津の競合メーカーに転職し、そこでこの業界の模範とも言えるマーケティングを学び、ご主人とも出会った。
「夫は米国で経営工学を学んだ人ですが、頭の回転が速くて決断の切れ味も桁違い。ビジネスパーソンとしてもっとも尊敬する人」という。彼女自身、ご主人から多くを学び、いまの自分があるという。

働き方としては、残業するな、年休を取れとスタッフに繰り返し伝えていて、自身も部長になったとき「いちばん年休を取る部長になる」と宣言したという。
「無駄な会議で時間をつぶされて、プライベートの時間がなくなるなんてこと、シンガポールではありえないです」「オンオフをはっきりさせて、退社後や週末は家族や友人と過ごすことは当たり前。スタッフがそれをできていないのであれば、上司が決断すべきことを決断できていないか、本人にその仕事があっていないかのどちらか」という。即断即決は、マーケティングでも理想の働き方を実現するうえでも最重要事項だ。
ただしスタッフとのコミュニケーションにおいては、時間を使うことを意識している。何度も話し合いを重ね、同じ目標に向かって進むことは組織として必要不可欠。「大事なことはメールで済ませず、面と向かって話し合います」

会議は不必要に行わない
ただしデスクワークが多いので運動不足が課題(2019年)
全てはリカバリープラン

「これは私の持論だけど、職業と恋愛と家は、絶対に縁があるんです。そのとき出会いがなければ無理ですからね。だからこそ、アンテナを張って行動することが大事。動いて駄目なら少しずつ変えてみる、変わってみる。全てはリカバリープランの繰り返しなんですよ」
「ただ待っているだけでは状況は少しもよくなりませんし、それで自分が悩んでしまったら本末転倒です。世界は自分で変えられる、もっと広いということを知ってほしいですね」
マーケターとしてはSHIMADZUのビジネスを、管理職としてはスタッフの人生を、広い世界へ導いていく。だいぶ寄り道してはいるが、旅のコンダクターを務めていると言えなくもない。

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