島津のダイバーシティ

社員インタビュー

同じフィールドで
徳村 雄登
人事部人材開発室 工科学校
(航空機器事業部
航空機器工場調達加工グループ 資材職場)
2015年入社
もうひとつの顔

189cmの長身に、控えめな笑顔。颯爽たる風姿が周囲の目を奪う。人材開発室の工科学校に所属し、航空機器工場調達加工グループの資材職場に勤務する徳村雄登さんは、しばしばバレーボールやバスケットボール選手に間違われることもあるという。いかにもスポーツ選手であることに間違いない。知的障がい者サッカー最高峰「INASサッカー世界選手権2018(通称:もうひとつのW杯)スウェーデン大会の日本代表キャプテンを務めたスター選手なのだ。

「職場で自分からサッカーの話をすることはあまりないですが、この夏、スウェーデンに行ったときは、出発前に朝礼で意気込みを話しました。応援してもらえるのはやっぱりうれしいですし、たとえばちょっとした空き時間に職場の人と話したり、すれ違う人から『がんばって』と声をかけられたりすることもあります」

徳村さんは京都府社会人リーグで活動する「島津サッカー部」にも所属し、勤務後に他の部署の社員とボールを蹴ることもある。
「『もうひとつのW杯』が終わるまで、試合に向けての練習で忙しくて島津サッカー部の練習にはあまり参加できていませんでした。僕に障がいがあるからって変に気を使う人もいませんし、楽しくやらせてもらっています」
近年、障がい者のスポーツ団体は、健常者と障がい者が混ざり合う社会の実現を訴えているが、実際に企業のスポーツチームで活動する障がい者選手はまだ少ない。徳村さんはあたりまえのように実現したことが、障がい者サッカー選手の競技の道を切り開くモデルケースでもあるのだ。

あこがれの会社に

自宅は三条工場のすぐ近くにあり、幼い頃から島津に通う人たちの姿を見ていた。具体的に入社を考えたのは、高校生の頃。高校は就職に力を入れる特別支援学校に通った。将来への想像を巡らせるなかで、周囲の人から話を聞いて、「長く勤められていい会社だな」と 島津の魅力を感じたという。そこで担任教諭に相談をしたところ、過去に島津に入社した先輩がいることが分かった。
その後、高校3年時には航空機器事業部で実習を重ねてきた。「障がいはあってもしっかり仕事をこなせると思ったし、働けると思いました」。そして、徳村さんは適性を認められ、見事内定の知らせを受けた。

調達加工グループ中原グループ長と資材職場のみなさん
「実習に通うなか、島津サッカー部の練習も観ていましたし、高校卒業後もサッカーを続けたいと思っていた僕にぴったりだな、とも感じました」
かくして2015年の4月に入社し、同時に、障がい者サッカー日本代表の中心選手として2018年のスウェーデンW杯に向けて充実した毎日が始まった。
苦手と向き合う仕事の工夫

「自分は一日ずっと座って同じ作業をするのは得意じゃないんです」と、徳村さんは自覚する。そんな徳村さんの苦手なところを知る井上職長は「同じ作業を継続してやってもらうのではなくて、日によって業務を変えたり、午前と午後に違う仕事をやってもらうなど仕事の組み合わせを心がけています。例えば、午前中は図面と照らし合わせて部品の受入検査やPC入力をやってもらい、午後は着荷された部品の仕分け作業や体を動かす運搬の仕事をやってもらうなど、さまざまな作業をやってもらっています」と言う。

周囲のサポートもあり、徳村さんはだんだん航空機器工場での仕事に慣れていき、いろんな作業をすることや、集中力を保つこともできるようになってきた。昨年には井上職長のすすめで認定検査員の資格も取得した。

「もちろん忙しいときは焦ることもありますが、とにかく“自分のペース”を心がけて、仕事を進めています。ストレスがかかるとか、そういう状況にはならないようにしています」と落ち着いて話す。その言葉の端々には、自分自身と向き合いながら、社会人として成長してきた自信と誇りを感じさせた。
「徳村さんは仕事を覚えるのは早くて、ミスもあまりありません。彼の仕事の幅が広がれば職場も平準化のために作業担当を振り分けやすくなります。職場の戦力になってくれているので、いつも頼りにしてます。」と井上職長も、徳村さんの仕事ぶりに目を細める。
1点1点丁寧に部品を検査
ノギスを使って寸法を確認
もっとうまくなりたい

「将来の目標とかはまだ決まってないです」
と控えめに話すが、ひとたびサッカーの話題になると、ストイックなアスリートの表情へと一変する。
「4年前、初めて『もうひとつのW杯』に出場したとき、外国選手の技術やスピードに驚きました。そこに近づきたい思いもあった。でも出発前にけがをし、そのときは自分の思うようなプレーができなかったんです。だから、次は悔いのないよう全力でやろう、と心に決めて、その後4年間一生懸命取り組みました」

会社ではリーダーシップを発揮する機会はあまりないが、工科学校の上司にあたる大森さんも、航空機器工場の井上職長も驚いたのは、徳村さんが「もうひとつのW杯」に出場した際に、日本代表チームのキャプテンに選ばれたということだ。 「たしかにしっかりしているし、肝が据わっていると感心することもあります」と、大森さんはその適性を認めていた。

大森さん(工科学校)
井上職長(航空機器工場調達加工グループ 資材職場)

日本代表チームでミッドフィルダー(司令塔役)として試合を組み立てる徳村さんは、プレー中はとにかく声を出す。「もうひとつのW杯」に向けて組織的な守備を強化していたチームにとって、ピッチ上におけるコミュニケーション力が優れた徳村さんは選手たちをまとめる重要なパイプ役だったに違いない。キャプテンになってからは、さらに積極的に声がけをし、チームを鼓舞する役目を遂行し、大会を戦い抜いた。 結果は、目標の決勝トーナメントに進出できず6位。それでも、「前回よりも世界トップレベルに近づける惜しい戦いができた。成績は良くなかったが、この4年間しんどい合宿や練習をしてきたので、自分の中では納得のいくものでした」と振り返った。 今後について、「4年後を目指すかどうかはまだわからない」と日本代表続行への明言は避けたが、「もっとうまくなりたい」と目を輝かせて語る。これからも好きなサッカーを続けていく気持ちは固まっているようだ。

もちろん、サッカーの経験を仕事に活かしたい思いもある。「代表では自ら進んで行動することが求められます。僕はもともとコミュニケーションを取ることが苦手でしたが、キャプテンとして人前でしゃべったり、いろいろな人と話したりすることで、自然と鍛えられました。それは仕事に活きているかなって思います」

サッカーも仕事も、ひとりではできない。人とつながることは徳村さんにとって決して簡単ではないが、生活を豊かにするうえで大切なことであるのもまた間違いない。
「日本ではサッカーをするにも、障がい者と健常者のサッカーに分けられるけれど、海外ではそういった分け方はしないようです。サッカーがうまかったら、健常者のチームに入って練習をするのは当たり前。そういう環境があるから強いのかなと思います」
その意味では、島津サッカー部でも活動していることは、徳村さんの成長にもチームの成長にも一役買っているともいえる。いろいろな人によって構成される会社にいるからこそ、徳村さんの能力はますます磨かれ、その経験を携えて、他に変えられない職場の戦力になっていく。

スウェーデン大会で活躍している様子

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