島津のダイバーシティ

社員インタビュー

境界はない、
と仮定する。
そして、
すべてが動き始める
清水 耕助
総合デザインセンター
デザインユニット プロダクトデザイングループ
2007年入社
出身学科:教養学部 生命・認知科学科
桑沢デザイン研究所 デザイン専攻科
専攻、国、職務の境界

普通なら踏み出すのをためらうような境界に出くわしても、やすやすとそこを超えていく。清水さんの人生は、ちょっとした冒険のようだ。
清水耕助さん、2007年9月入社の11年目。プロダクトデザイナーとして総合デザインセンターに所属している。
分析装置から医用機器まで、多くの島津製品のデザインを手がけてきたが、デザイナーになろうと思い立ったのは大学生3年になる直前。それまでは生物学を学び、研究者になろうと考えていたという。
「カーデザイナーの方の講演を聞いて、すごい、こんな仕事がしたいと。それからデザイナーになる方法を調べてたまたま大学の近所にあったデザインの専門学校に願書を出しに行きました」
ダブルスクールで苦労はしたが、デザインのスキルを見事手に入れて、島津に入社した。

入社して5年目、2012年に新しく設けられた海外現場研修制度で、真っ先に手を挙げたのも清水さんだった。当時の上司に『中国に行ってデザインやりたいです』と願いでたら、上司は『お前は日本にはいらないよ』と背中を押してくれた。
大学卒業後海外旅行にはまり、10か国以上を旅していたこともあり、臆することなく新天地へ赴いていった。
「中国での仕事が面白かったです。製品デザインの仕事はもちろんのこと、デザイナーは一人しかいないので、いろんな仕事に声をかけてもらえました。広報宣伝、ブランディングの手伝いや、ショールームの図面作り、オフィス引越しのプロジェクトなど、さまざまなところで、デザインのスキルが活かせて、喜んでもらえました。関わる人も、マーケターや営業、人事など幅広い。島津のビジネスの全体像がだんだんわかってくると、さらに楽しくなってきて」
2年間の研修終了を前に、中国現地法人の社長に、一人でまかなっているデザイン機能をきちんと部門として育て上げて、バトンタッチしたいと申し出て了承された。以後中国駐在の3年をかけて、人を採用し、仕事を任せ、6人が在籍する部署に育て上げた。起業したわけではないが、社内ベンチャーでデザインハウスを立ち上げた格好だ。

浙江大学国際デザイン学院でのデザイン講義。
中国の大学生の優秀さと熱意に舌を巻いた
SSL事業企画部の同僚と
人の思いですべては変わる

猛スピードで発展を続ける中国での5年は、清水さんを大きく成長させるとともに、鮮烈なイメージを植え付けることとなった。
「3ヶ月に1度は、見たことのないサービスが登場して、さらに数ヶ月もすると世の中に浸透していく。世の中って変わるんだな。変えたいと思う人が動きだせば、暮らしも変わるんだなということを、痛いほど感じました。社会の変化に合わせて会社も変わらなければいけません。どの部署にもおもしろいことをしたい、変えていきたいと思う人はいて、そういう人とうまく繋がれば、仕事になっていくと思います」
いろいろな人がいた。ときには、あっけにとられるようなアイデアを口にする人もいた。だが、真剣に耳を傾け、理解を深めるなかで信頼が生まれ、新たな仕事が生まれてきたと振り返る。

SSL新オフィスにて
目に見えないダイバーシティを
そして2017年の冬、清水さんは帰国した。三条本社には新社屋が建ち、風景は大きく変わっていたが、社内を歩いて感じる空気は、赴任前と変わらぬ香りがした。
清水さんは、そこに危機感を覚えた。中国ほどダイナミックではないにしろ、日本も変化にさらされている。だが、組織を変えたり、新しい事業を立ち上げようという動きは遅い。このままでは時代に取り残されるのではないか。
「女性社員が増えたり、本社で外国出身の人を採用したりといった動きは確かに進んでいます。そうした人たちが気持ちよく働ける環境も整ってきてはいるでしょう。でもそれは表面的な多様性の一つの指標にすぎない。
帰国後、南インドのアーユルヴェーダ治療院にてDrたちと
むしろ、働く人の中身、考え方やスキル、コミュニティに多様性があることのほうが、組織にとってははるかに大事じゃないでしょうか。変化が激しくて不確実な時代、いろいろな考えをもった人が意思決定に関わっていると、企業としても存続し発展する可能性が高い。それが、いまダイバーシティが求められている理由だと思います」
理想は、斬新なアイデアが生まれたら、それを吸い上げて施策としてすみやかに実行する組織。意思決定に多様性があれば、社内ベンチャーであったり、新事業であったり、新製品が続々と登場する、多様性の高い組織となる。それらがすべて成功する保証はないが、事業において旧態依然としていたら、どんな大企業であっても足元をすくわれるのは、近年の事例が示す通りだ。
自身に対する危機感

「あと何十年かして、もしかしたら私も意思決定に関われるようになるかもしれません。でもそのときでは遅いと思います。同じ組織で知識や経験を積み重ねていけば、徐々に周りの人と同質化していく。そのとき斬新だけどリスクのあるアイデアにゴーサインを出せるか。私にはその自信がありません」
清水さんはダイバーシティの推進、年功序列の撤廃、人材流動性の確保が大事だと考えている。
「なんじゃこりゃっ?ていう人と働きたいなと思います。たとえば、会社にあまり来ないで、お客さんや新技術のセミナー、社外の人と出会う場所ばかり行っている人とか。そういう人にしかできない仕事もあるかもしれません。」

「これだけ不確実な世の中ですから、これまで競合ではなかった企業が島津の市場に参入することも十分考えられます。いや、もう準備はほぼできていて、ただ優先順位の高いものから進めているだけなのかもしれません。だからといって、私たちがそのような企業になる必要はないし、むしろ、私たちなりの働き方や事業のスタイルを見つけるべきでしょう。私たちは、島津という会社が好きで、ここに集ったんですから」

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