島津のダイバーシティ

社員インタビュー

家庭人の
新人研修としての育休
柳林 潤(2010年入社)×叶井 正樹(1997年入社)
基盤技術研究所
バイオインダストリーユニット
育児と家事に専念した2カ月間

「“B”と記しているのは母乳で、“M”はミルク。ミルクはだいたい私があげていたので、Mはほぼ私の筆跡ですね。このへんはずっと寝なくて、『ぐずる。夜泣き激しい』とか。2カ月間、みっちり子どものお世話でした」
びっしりと書き込まれた育児日記を手に、自身の育児体験を語るのは、基盤研バイオインダストリーユニットの柳林潤さんだ。柳林さんは、2016年6月から8月まで、2カ月間育休を取得した。
島津では、女性社員の育児休職取得率は100%だが、男性社員の場合、柳林さんが取得した2016年時点で4.5%に過ぎない(2017年度実績:7.3%)。「男性は仕事、育児は女性」という考えが、いまだ根強いことを物語っている。

びっしりと書き込まれた育児日記

男性本人にしてみれば、育児をすることでキャリアに遅れが生じることへの不安や、育児とはいえ忙しい職場の状況を知りながら「休む」ことに対する引け目が根底にあることは想像に難くない。だが、それは女性も同じで、キャリアを大切にしたいという思いに違いはない。
「女性が当然育休をとるのに、男性は当然のように取らないっていうのは、やっぱりフェアじゃないっていう考えはずっと持っていました」と柳林さん。その経験は子育てとキャリアの両立を考えるすべての人にとって、ヒントに満ちている。

共働き、親のサポートなし

柳林さんが結婚したのは、入社1年目の2011年だった。2013年に奥さんはフルタイムの仕事に就き、仕事にもなれてきた2年後の秋、妊娠が判明した。
柳林さんはすぐに育休をとるか、とらないか考えたという。初めての子どもで二人とも勝手がよくわからないのに加え、親のサポートもあまり見込めない状況で、育児を奥さん一人に任せるのは負担が大きすぎるのではないかと考えた。
「育休をとるのかなと。最初の3カ月が特に大変と聞いていたので、目安はそれくらい。ただ、周りを見渡しても、男性が育休をとった例はあまりないので、とるとしたらどうなるのか真剣に考えました」と振り返る。
その年のうちに、上司には、子どもが生まれそうですと報告。合わせて育休をとりたい旨を申し出た。

本人不在前提で研究計画を作成

育休を首尾よくとれるかどうかの第一関門が、上司の理解だ。当時の上司の叶井正樹さんは、「おめでとう。そうか、よしわかった」と背中を押した。まずは第一関門突破だ。だが、叶井さんは胸中複雑な思いもあったという。
「育児の経験は、視野を広げ、必ず彼の人生にプラスになるだろうと思ったので、ぜひとってくれと。私自身、仕事にズルズル引きずられるタイプで、子どもが生まれたばかりのころ、一緒に育児をするという考えさえ浮かびませんでしたから、その自戒も込めてです。ただ、休みが3カ月を超えるとなると厳しいなという気持ちは正直ありました」
基盤研では、研究員の一人ひとりが研究テーマを持っている。柳林さんももちろんプロジェクトを抱えており、何も手を施さなければ、育休の間そのプロジェクトはストップしてしまうことになる。

事業部と一緒に開発した製品。7年越しの研究がようやく一つの形になった。
今はさらなる性能向上を目指して研究に取り組んでいる。

「幸いなことに、そのときちょうど新しいプロジェクトが始まったばかりで、今後の計画をつくる段階でした。そこで、『2016年の6月から8月まではリーダー不在』とスケジュール表に書き込んで、それでもプロジェクトが回るように、いろんな部署の方と調整を図っていきました」(柳林さん)
実験の開始にあたっては、部品や治具などを作る必要があって、柳林さんは、育休期間中を、その期間に充てた。そして工場に手配し、準備万端整えて、奥さんが退院するのとほぼ時を同じくして、柳林さんの育休がスタートした。

月2回のミーティングで復職準備

それからの日々はまさに怒涛のように過ぎていった。
「1ヶ月目までは、本当に昼も夜もないという感じでした。育児に加えて家事も分担して、料理は妻で、掃除、洗濯、洗い物は私の担当。妻は夕方くらいで力尽きて、私が、そこから午前3時ごろまで面倒を見てという感じ。二人いてもそうですから、これはとても一人で回せるものではないなと実感しました」
その間も、上司や同僚にお願いしてプロジェクトの進捗を確認。また、育休中の職場復帰支援講習も活用して、月2回、ミーティングに参加し、コミュニケーションの機会を確保していた。
そして、8月、柳林さんの育休が終わった。職場は何事もなかったかのように柳林さんを迎え入れた。実際、プロジェクトは計画通り粛々と進行していたので、何事も起こらなかったのだ。

よいスタートダッシュが切れた

奥さんが復帰した現在も、家事育児は分担で行う。残業は控え、送り迎えがあるときなどは時短制度も活用し、家庭人としての“職務”を果たしている。
育休は、“新人研修”のようなものだったと振り返る。
「我が家は二人とも仕事を続けると決めていますから、育児はこれから20年ほど、家事は一生続きます。そのスタートダッシュを、育休という時間をもらって、徹底的に学ぶことができました。これから先、どんなに大変なことがあっても、あれより大変ということはないだろうと思うと、ちょっと自信もつきましたね」(柳林さん)
もっとも、“新人研修”を終えたからといって、仕事のすべてを語ることはできないのと同じで、これから時間をかけて、父親として、夫として成長していくことになる。柳林さんは、その覚悟を決めた。いや資格を手に入れたというべきかもしれない。

考えることを放棄してはいけない

女性が職業人として成長する機会を保証するのであれば、男性が家庭人として成長する機会も確保されなければいけない。
「私は、男性も基本的には育休をとるべきだと思っています。私の場合、環境的にもタイミング的にも恵まれていたところがあるのは事実で、部門によっては、育休を取りにくい環境があることはもちろん承知しています。でも、育休を取れないと最初からあきらめてしまうのは正直どうかと思います。育休を取らなければ、いままで通り仕事ができます。でも、いままで通り仕事できるということは、何も考えなくていいということ。ある意味思考停止ではないでしょうか。育休は、半年前にはわかっている予定です。半年先に自分が抜けたときに、どう仕事を組み立てられるか、少なくとも考えることはできるはずです。」(柳林さん)

「もちろん、すべての男性が育休をとる必要はないし、すべての女性がキャリアを目指す必要もないでしょう。いろんなお父さんお母さんがいて、いろんな家族がある。それに合わせて育休の取り方もフレキシブルであっていいと思うんです。柳林さんみたいに取得期間を決めて、仕事への関わり方の段取りをつけてもらえれば、止める理由はありません」(叶井さん)

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