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あしたのヒント 中央大学 佐藤博樹 教授

限られた資源 社員の時間をどう活かす?

価値観が多様化し、社員が仕事にかけられる時間の総量は、
ひと昔前に比べて大きく減っている。
有限な社員の時間をどう活かすか。職場の舵取りが重要度を増している。

かつて社員の時間は無限の資源だった?

「企業戦士」「24時間戦えますか」というフレーズが自然に受け入れられていた80~90年代。自らの身も家庭も顧みず、仕事に打ち込むサラリーマンは、決して珍しくなかった。仕事第一の「ワーク・ワーク社員」だ。こうした社員の集合体である職場にあって、経営資源としての「社員の時間」は、ある意味無限とみなされていた。
一方、21世紀となったいま、個人の価値観や属性は多様化し、人生で仕事以外にも責任を負わなければならないものや、大切にしたいものを持つ社員が増えている。親の介護が発生し、やむなく仕事を制限しなければならなくなったり、家族との時間を大切にしたい、学びを深めたいという社員もいるだろう。彼らは「ワーク・ライフ社員」と呼ばれている。
「少子高齢化や生活環境の変化で、ワーク・ライフ社員が増えたことにより、社員の仕事時間の総量は明らかに減りつつあります。限られた時間でどう生産性を上げていくか、早急に働き方改革を進めないといけません」と中央大学大学院戦略経営研究科ビジネススクールの佐藤博樹教授は切り込む。
一つの例を示そう。ある新規事業で部下3人を選ぶとする。この事業に合ったスキルを持つのはAさん、Bさん、Cさん。しかし、Aさんは入社2年目で、市場に疎い。Bさんはもっとスキルを高めたいと大学院へ社会人入学し、週2日は定時で引き上げる。Cさんは育休明けで6時間の時短勤務、当然残業はできない。マネージャーが選んだのは、スキルが不足しているDさん、Eさん、Fさんだった。
「マネージャーが欲しかったのは、言われた課題を残業もいとわずやり続けてくれるスタッフだということです。しかし、Aさん、Bさん、Cさんのスキルを使わないのは、会社にとっては明らかな損失です。さらに3人がこの人選の理由に気づけば、モチベーションを大きく低下させ、今後の業務にも支障が出てしまうでしょう。日本の企業の多くに見られる根深い問題です」

あしたのヒント01

ライフの事情を受け入れ仕事の質を認めてくれる職場

なぜボタンの掛け違いが起こるのか。それは、管理職の多くが経験した時代背景にある。彼らが若手だったころ、残業をいとわず仕事を「終わるまでやる」のは当然のことだった。それが「日本企業はいい仕事をする」という評価に繋がったことは事実だが、世界的に見て時間当たりの生産性が極端に低いということは、数々の調査が証明している。むしろ、近年の日本企業の競争力低下をこの無為な長時間労働に見る向きもある。時間をかけても競争に勝てない時代になっているのだ。
「企業として、競争に勝ち残るための時間の使い方も課題ですが、同時に仕事以外に時間を使いたいと考える社員は、これからもどんどん増えていくでしょう。そうすると、仕事に使える時間総量はおのずと決まります。企業も社員も『時間は有限な経営資源』と考えて、そのなかで生産性を高めていくほうにシフトしていかなければなりません。それこそが働き方改革です」 そのなかで、管理職はどのようなマネジメントを心がけるべきなのだろうか。
「仕事に優先順位をつけ無駄な仕事はしない。過剰品質が起きないようにする。情報を共有する。どれもいたって当然のことで、今までもやってきたことかもしれませんが、考え方の根っこが違う。これらの施策を、社員が残業に頼らず限られた時間の中で行うようにするというマネジメントが求められているのです」
また、働き方改革が必要と言われる理由は他にもある。社員のモチベーションの問題だ。
「現代のオフィスでは与えられたタスクをこなすだけの仕事は少なく、顧客の要望が複雑化し、高度な仕事をするために、自ら動いて課題を見つけ、工夫し、解決していくことが求められる。そのような仕事をするには、個々の社員が意欲的に仕事をするための精神的エネルギー、すなわち高いモチベーションが必要となるのです」
価値観が多様化し、ワーク・ライフ・バランスが求められる時代、それぞれのライフの事情を受け入れ、かけた時間ではなく仕事の質を認めてくれるような職場であることが、社員のモチベーションを上げるのに、非常に重要だと教授は言う。
「ただし、残業をすべて否定したり、ワーク・ワーク社員が悪い訳ではありません。安易に残業すれば良いとする残業依存体質の解消が必要なのです。多様な働き方、価値観を受け入れるのがダイバーシティ。働く時間で評価に差を付けることが、モチベーションを下げる要因になることを理解してください」

働き方改革はイノベーションのチャンス

オイルショックや大震災など、考えてみれば日本企業はこれまでも社会的動静を受けて、さまざまな経営資源に制約が課せられてきたが、そのたびにイノベーションを起こし、危機を乗り越えながらも世界から評価されてきた。
「人は制約がかかって初めて本気で工夫し始める。ですから、働き方改革は今の日本にとって良いチャンスかもしれません。さまざまな経営資源があるなかで、唯一企業が手をつけてこなかったのが社員の時間です。時間制約のある社員が増えることは、一見、経営にとってマイナスに映るかもしれません。しかし、むしろこれを克服することで、新たな経営革新を成し遂げられるのであり、残業せず、ほどほどの働き方への転換を目指すものではありません。メリハリのある効率的な働き方の実現が、ワーク・ライフ・バランスを支援し、企業の事業継続を実現するのです」
これを機にマネージャーの選び方も考え直すべきだと、佐藤教授はいう。「これまでは仕事ができる人が管理職になっていましたが、これからは、部下に仕事をさせる人でなければいけません。すなわち、ワーク・ライフ・バランスを受け入れ、部下のモチベーションを高く保つことで、組織をマネジメントできる人です」
そうなると、今までのように「俺の背中を見て学べ」ではなく、言いっぱなしにせず途中途中声掛けするなど、コミュニケーションを密にしなければならない。
日本の管理職は多くがプレーイングマネージャーと言われ、4割程度の時間は部下と同じ仕事に当てているという。
「ある程度は致し方ないとしても、その割合をもう少し引き下げて、生まれた時間を部下のマネジメントに割くことが大事です。働き方改革の実現には、管理職自身の働き方の改革が、もっとも重要でしょうね」

佐藤 博樹

中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール) 教授

佐藤 博樹(さとう ひろき)

一橋大学大学院社会学研究科博士課程満期退学(所定単位修得)。1983年法政大学大原社会問題研究所助教授、87年法政大学経営学部助教授、91年同大学経営学部教授、96年東京大学社会科学研究所教授。2014年より現職。著書に『人材活用進化論 』(日本経済新聞出版社)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)、『ワーク・ライフ・バランス支援の課題:人材多様化時代における企業の対応』(共編著、東京大学出版会)など多数。内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、厚生労働省・イクメンプロジェクト顧問、経済産業省・新・ダイバーシティ経営企業100選運営委員長などを兼任