一人でも多くの命を救うためには何が必要か。全員が考え、手を動かし、走った。
ビハインドを承知で乗り込んだ治療用装置市場で、いま、世界の壁を越える。

01

だれにでも扱え、
どんな患者さんも治療できる装置を

血管撮影システム 新型「Trinias」誕生の軌跡

PROLOGUE

2017.10.30
アメリカ・デンバー

「すごいじゃないか」「まさにリアルタイムだ」
大勢の参加者が、モニターを食い入るように見つめ、賞賛の声をあげていた。2017年10月30日、アメリカ中部の町、デンバーで開かれていた世界的な心臓血管カテーテル学会。話題をさらっていたのは、発表されたばかりの島津の血管撮影システム「Trinias」シリーズの最新型。会場ではTriniasを使用した手技の様子が、日本から中継されていた。
医用営業部の山田広大は、念入りに準備したプレゼンテーション資料を片手に、喧騒から少し離れた場所で熱気につつまれている会場の様子を見つめていた。表情は穏やかだが、はやる気持ちを抑えるのに必死だった。
傍らでは開発部門のメカ担当齋藤淳夫が、肩を震わせていた。山田と同期の入社6年目で、アメリカ市場をうかがう今回の機種の開発では最大の功労者といってもいい。齋藤の肩をポンと叩き、山田は言った。
「この装置なら世界を変えられる!」

MEMBER

齋藤 淳夫

齋藤 淳夫

医用機器事業部
技術部(メカ開発担当)
2012年入社

田中 文哲

田中 文哲

医用機器事業部
技術部(ソフト開発担当)
2015年入社

山田 広大

山田 広大

医用機器営業部
循環器拡販室
2012年入社

木下 博之

木下 博之

医用機器事業部
グローバルマーケティング部
2016年入社

新市場で浴びた洗礼

新市場で浴びた洗礼

血管撮影システムとは、文字通り血管を撮影する装置だ。特殊な薬剤を血管に流してX線を当てると、心臓や脳の複雑な血管を可視化できる。動脈硬化などで詰まりかけた血管や、脳梗塞、心筋梗塞など詰まってしまった血管を、内側から金属の網で押し広げるステント治療をサポートする「目」となる。1980年代の登場以来、世界の大手電機メーカーが開発競争を繰り広げ、市場は急速に拡大するとともに、血管狭窄で苦しむ患者さんたちの福音となってきた。
島津は、1909年に国産初の医療用X線撮影装置を開発し、X線装置メーカーとして100年あまり名を馳せてきた。だが、血管撮影システム市場へは、本格参入を、長くためらっていた。島津が得意とする一般撮影装置やX線テレビシステムも同じX線技術をベースとした装置ではある。だが、これらは健康診断などで用いられる診断領域で用いられる。一方、血管撮影システムは診断のみならず治療領域に必要な能力を求められる。その最先端の治療技術をサポートするノウハウが不足していたのである。
それでも2002年、島津はこの市場へ足を踏み出した。前年、画期的な撮影素子「フラットパネルディテクタ(=FPD)」を開発。少ない放射線量でもくっきりと撮影できるその性能は、一般撮影装置の歴史を塗り替え、さらなる用途拡大を目指して、血管撮影システムに狙いを定めたのだ。
だが、新規参入の常で当初は苦戦を強いられた。最大の問題は最先端の治療現場で求められる要求に装置の性能がまだ追いついていないことであった。絶対の自信を持っていた映像さえ、さらに見えるようにといった声が寄せられ、営業はユーザーフォローに、開発陣は改良に追われた。
「僕も何度もお叱りを受けたことがあります。先生方は、患者さんを救おうと全身全霊で治療している。命を削っているといってもいいと思います。我々は先生方を通じて命を預かる立場にありますので、求められるレベルは突き詰めても突き詰めきれないものなので、当然のことです」
と山田は振り返る。

だれにでも扱える装置を

だれにでも扱える装置を

あらゆる批判を糧に変え、2012年に発売されたのが現在シリーズ化している「Trinias」初号機だ。安全性を大きく向上させたのに加え、他社にはない画期的なアプリケーションが搭載されていた。それがリアルタイムでステントの映像をより高精細に表示する「SCORE StentView」だ。それまでは、手技をサポートするとはいっても、撮影後にコンピュータへデータ転送、解析してからようやくモニターに表示され、数10秒のタイムラグがあった。この画像が表示されるタイムラグの間、医師は経験と勘を駆使してワイヤーを操り、狭くなった血管を押し広げるためステントを適切な場所へ進めていく。優れた技術を持つ一部の医師は、神の手と称賛されたが、それは一方で、一部の医師しか使いこなすことができないという装置の限界を示すものでもあったのだ。
SCORE StentViewの登場は、まるで目で見ているようにリアルタイムでのステントの位置の確認を可能とし、神の手と称賛されるレベルのステント治療を誰でも行えるものにする可能性を秘めていた。
Triniasの誕生で、島津は最先端の手技をサポートできる強みを得、他社とも肩を並べて評価された。そして、次のステップを目指すうえで目標に掲げたのが、「すぐに。簡単に。誰にでも」だった。心臓や脳に加えて、腎臓や足も見られるようにパネルは大きくしよう。いろんな診療科の医師が操作しても使えるように、操作系はよりシンプルにしよう。そしてどんな患者さんも撮影できるよう体を横たえるテーブルは頑丈にしよう。マーケティング部内では、次々と改良点の仕様を煮詰めていった。

言うべきことは決して臆せず

言うべきことは決して臆せず

島津の社内で血管撮影システムに関わるチームは、営業、マーケティング、技術、品質保証、工場を含めておよそ50人いる。ほぼ毎日連絡を取り合っており、まるで一つの会社のように機能している。
「チームワークは抜群だと思います。それが他社にはない島津としての強みにもなっている」と山田もいう。
「すぐに、簡単に、誰にでも使えるものにする」というコンセプトは、技術部全員に共有され、それぞれがどうすれば使いやすいものになるかを工夫し、開発を進めていた。
田中文哲の担当は、操作用のタッチパネルのユーザーインターフェース。2015年の入社で、この開発がデビュー戦となった。
「配属になって間もないころ、ステント手技の現場を見学させてもらったことがあります。医師、放射線技師、看護師、手技に関わる方々の患者さんを救うんだという思いは、鬼気迫るものがあって、僕たちの製品が手技を妨げることがあってはならないと痛感させられました」
医師の診療科が異なれば、使いたい機能や機器自体の操作方法も当然異なる。ボタンやレバーですべて並べると、操作盤はとてつもなく大きなものになり、どこにどのスイッチがあるのか、手を止めて探さなくてはならなくなることが十分予想できた。一瞬の迷いがミスにつながりかりかねない治療現場では、操作系は極力シンプルであってほしい。タッチパネル化して、それぞれの医師が使いたい機能だけをまとめた画面を切り替えられるようにすれば、その医師の専用機となるわけで、ミスの発生は抑えられる。
「まったくの白紙からのスタートでしたが、ソフトウェアの設計もデザインも、私に任せてもらいました。開発リーダーにも、言いたいことはなんでも言わせてもらって。そういう雰囲気が、島津にはあると思いますね」

失敗を乗り越えて

失敗を乗り越えて

メカ(機構)担当の齋藤は、もう3年もカテーテルテーブルと格闘していた。カテーテルテーブルとは手術中に患者さんが体を横たえる台だ。海外のスタッフから寄せられていた希望で、大柄な人が横たわっても全身の治療に利用でき、またその体重に耐えられることが求められた。Triniasは、発売以来、国内での評価は高まっていたが、海外ではほとんど知られていなかった。世界を狙っていくなら、当然クリアすべき仕様だ。
だが、ことは簡単に運ばなかった。
「190cm、250キロの患者さんが乗っても大丈夫にしろと。たしかに海外ではそんな大柄な方も珍しくない。でも、てこの原理で支点にかかる負荷は倍くらいになるんです。何度も図面を引き直し、試作を作ってはテストをする。それでもなかなかうまくいかなくて」
テストでは、十分な余裕を見て1トンの重りを載せる。その途端、轟音とともに試作した台が折れてしまったということも1度や2度ではなかったという。
「試作品を壊すのが3回にもなると、『もう、いいんじゃないの、十分やったよ』と言ってくれる方もいました。でも、営業たちの頑張りを見ているととても妥協する気にはなれませんでした」
リリースの予定も延ばしてもらい、歯を食いしばり、どうにか合格するものがつくれたのは、2017年も桜が咲こうとしていた時期だった。

命を救う人の命を救う

命を救う人の命を救う

9月、全ての部品を組み上げソフトウェアも実装した試作機を、医師に実際に使用してもらう最終テストが行われた。当初の予定からは大幅に遅れていたが、開発にあたった誰もが、その性能には自信をもっていた。
試作機を一通りテストするうち、医師の顔には笑みがこぼれ、目はどんどん丸く見開かれていった。その場に居あわせた島津の人間は全員、抱き合って喜びたい思いを抑えていた。
営業の山田は、その場を離れると早速電話をかけ始めた。相手は、Triniasに興味を持っていたが、まもなく新しい機種が出るから、待っていて欲しいと伝えていた医師だ。
「先生、お待たせしておりましたが、ようやく自信をもってご紹介できます。早速、お会いしてご紹介に伺いたいのですが明日のご都合は如何でしょうか」
その日から、山田のスケジュール帳の空きはまったくなくなった。
山田は言う。
「鮮明になった、使いやすくなったというのは、もちろんその通りですが、大事なのはそこじゃない。その分、被ばくするX線の量が大幅に減ったことが一番の違いです。患者さんを被ばくから守ることは当然、患者さんに向き合う医師を守ることができます。先生方は自らの被ばくを顧みず、患者さんを救うために手技をしています。人の命を救う人を、救わなくちゃならない。それが僕たちの使命なんです」

EPILOGUE

2018.1.18
京都

「やっぱりそうきたか」
開発リーダーは、そういって頭をかいた。
面と向かって力説する木下博之は入社2年目。グローバルマーケティング部アプリケーショングループに所属している。血管撮影システムの担当で、全国をまわってアプリケーションの使い方を医師に指導したり、海外のスタッフに指導法を教えるのが主な仕事だ。さらに、現場をよく知る立場として現場のニーズを技術開発に反映させていくのも重要な仕事の一つである。医師や放射線技師から装置の使い勝手や画質について意見を聞くことも多く、それらは現場の声として日々技術陣に伝えられている。自身も放射線技師の免許を持ち、実際に操作する人間の気持ちを代弁できる木下の言葉は、チームで重宝されていた。
「先生方の声を聞いていると、もどかしい思いをすることも多いんです。可能であるならばその場で開発・改良をして先生方の声に即座に応えたいくらい。でももちろんできませんから、開発陣には、できるだけきちんと伝えて現場で求められていることを共有しないといけない」
木下が今回持ち帰ってきたのは、ベテランの医師からの意見。ワイヤーの先の方はよく見えているのだが、根元のほうが若干見えにくくなっているという。Triniasが搭載する画像処理技術SCORE PRO Advanceは、大事な部分、すなわちワイヤーの先の方をはっきり見せるという哲学のもとに構築されている。ワイヤーの根元部分は手技そのものに絶対的に必要とされることは少なく、開発時には優先度が低かった。だが、手元と患部をつないでいるワイヤーが見えにくいのは、不安だという声もうなずける。開発陣も望んで消したわけではなく、SCORE PRO Advanceという特殊な画像処理技術ゆえの副作用と言えた。
「よし、考えてみるわ。ありがとう」
開発リーダーは席を立つと、足早に開発室に戻っていった。
木下も荷物をまとめると、急ぎ足で駅へ向かった。次の訪問先が待っている。
Triniasの開発は、今日も続いている。

EPILOGUE

人・仕事