高度な技術が切り拓く 新たな分析計測事業 :社会課題

近年注目されている、食の安全の確保や人の病気の早期診断を行うためには、食品中や人体に対して悪影響を及ぼすような物質の存在を見つけ出すことや、その量を分析することが必要となります。しかし食品や血液などには多種多様な成分が含まれているため、分析をするための手法や装置も多岐にわたり、より速く、より正確な分析結果を得ることは大きな課題となっていました。

Nexera UC

超臨界流体抽出/超臨界流体クロマトグラフシステム“Nexera UC”

食品中に含まれる残留農薬の問題は、実際に食品を口にする消費者だけでなく、生産者や供給者にとっても非常に重要な問題となっています。しかし、残留農薬を分析する際には、対象となる成分が多種にわたっていることに加え、成分によって分析をするための装置を使い分ける必要があります。例えば、野菜に含まれる残留農薬を分析する場合、「ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)※1」という装置が一般的に使用され、化合物を分離してどのような成分であるかを見極め、その質量も分析することができます。しかしGC-MSは試料を加熱しながら気化させて分離するため、熱によって変化してしまうような成分や気化しにくい物質を分析することが困難です。そのため、「液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)※2」という別の装置も必要となります。また、分析の前に「前処理」と呼ばれる工程が必要で、例えば野菜を粉砕したり、試薬を加えて撹拌したりする必要があり、手作業のために手間がかかってしまいます。さらに、空気に触れただけで酸化や分解をしてしまう成分もあるため、多岐にわたる物質を正確に分析するのは非常に困難です。
これらの問題を解決する手段として、気体と液体の両方の性質を有する「超臨界流体 ※3」と呼ばれる物質を用いることで、複雑な前処理も要さずに、多種多様な成分を一斉に分析することができます。この装置は「超臨界流体クロマトグラフ(SFC)」と呼ばれ、GC-MSやLC-MSだけでは分析することが困難な物質にも対応し、しかも高速に分析を行うことができるという画期的な装置です。しかし、まだ日本国内ではSFCを提供するメーカーが限られており、装置そのものが高圧ガス保安法の規制対象となることなどから、海外に比べて普及が遅れているのが現状で、SFCの前処理のための技術開発も研究レベルに留まっていました。

農産物中の残留農薬の一斉分析の前処理における従来法との比較例 Nexera UC〔 科学技術振興機構(JST)先端計測分析技術・機器開発プログラム成果〕

農産物中の残留農薬の一斉分析の前処理における従来法との比較例
Nexera UC〔 科学技術振興機構(JST)先端計測分析技術・機器開発プログラム成果〕

当社は、科学技術振興機構の先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、大阪大学、神戸大学、宮崎県総合農業試験場と連携して研究開発を進めてきました。 そして2015年1月に、多成分の一斉分析を全自動かつ高速に行う世界初の画期的な分析システム「Nexera UC」を開発したことを発表しました。 今回開発した「Nexera UC」により、これまでおよそ35分かかっていた前処理を5分程度に短縮すると共に、従来の約半分となる1時間以内で約500種類もの農薬成分を網羅的に一斉分析できるようになりました。同時に、分析の際に使用する有機溶媒と呼ばれる化学物質の使用量もおよそ10分の1にまで削減することができました。有機溶媒は主に石油を精製して作られる引火性の化学物質が中心で、人体に中毒症状をもたらす有害な物質でもあるため、分析時の環境負荷や安全性を低減することにも寄与することができます。

また、こうしたハイスループット(多成分一斉分析)が可能で、極めて精度の高い分析装置は、医療分野や創薬分野においても注目を集めています。例えば血液中に含まれる特定の成分を「バイオマーカー」として、病気の超早期診断を行ったり、医薬品の薬効分析や副作用の評価を行ったりすることができるのです。その他にも、樹脂に含まれる添加剤の分析など、食品、医薬、化学工業などさまざまな分野での活用が期待されています。
当社はこれからも先進的な顧客との共同研究・共同開発により、世界の顧客の成長に資するようなオンリーワンの新製品・新システムを創出して参ります。

分析における溶媒消費量の比較

分析における溶媒消費量の比較

共同研究者からの声

SFCは高速で高分離が可能なハイスループットの分析手法で、液体クロマトグラフにない分離のモードを有することや、まだ開拓されていないポテンシャルを秘めた魅力的な分析技術であることから、これまで研究に取り組んできました。
今回の共同開発プログラムは質量分析計への接続だけでなく超臨界流体抽出部とのオンライン接続も目的としたかなり難易度の高い目標でしたが、プロジェクト関連機関のそれぞれの分野のエキスパートが集まり、「これまでにない新しい装置を世に出したい」という同じ思いを持って密に連携して開発に取り組むことにより、それぞれの思いや夢が詰め込まれたすばらしい装置を創り上げることができました。
この装置は分析時間の高速化や有機溶媒の使用量を低減できるため、分析にかかるコストや環境負荷を大幅に減少させることができますが、臨床検査や食品の安全性検査などのハイスループット分析の新たな手法として活躍することを期待しています。

九州大学 生体防御医学研究所
附属トランスオミクス 医学研究センター
教授 馬場 健史 様
(前・大阪大学大学院 工学研究科生命先端工学専攻、JST事業チームリーダー)