東京四ツ谷にて掛眼鏡研究を業としていた加藤嘉吉が顕微鏡試作に着手。
当時もっとも至難とされた油浸系顕微鏡をわが国で初めて完成させた。これらの製品は各種博覧会で多数の賞を受賞した。
初代島津源蔵(1839-1894)京都木屋町二条南で理化学器機製造の業を起こす。
エアスペース形エタロンの製造開始。
部品事業参入を目指し、研究開発・製造の拠点となる厚木工場竣工。
中央研究所(当時)において、半導体レーザを励起光源とした固体レーザ技術と波長変換技術を応用した完全固体可視光レーザの開発がスタート。
株式会社に改組。